バンコク便り 8
わが航空機の出発時刻は、24:50。本当は少し寝たかったのだが、空調が悪く、暑くて寝られなかったので、売店のおネエさんと遊んだり、喫煙室に行ったりして時間をつぶしたけど、長かった。
機内に乗り込み、自分の座席に座っていると、「そこは私の席です」とタイの若者に言われた。「C 」 という席だったので、窓から3番目の席に座ったが、何故か「B」が無かったので、2番目だったのだ。確かめなかったこちらが悪いので、タイ語で素直に謝ったら、「これから日本に観光に行くので、日本語を教えてくれ」と言われて、挨拶、ありがとうなどの簡単な日本語を教えた。
反対側の隣に座った初老の日本人のご婦人は、グループでベトナムとカンボジアを回ってきたとのこと。楽しかったそうです。僕が日本から乗ってきた飛行機にも年配の日本人のツアーグループがいくつか見受けられた。彼等はタイに行くのかと思っていたら、プノンペンに行った。同じ様なコースだったのかもしれない。歳をとってからでもアジアに目を向けてくれるのは素直に嬉しかった。
ほとんど寝ないまま成田に着いた。タイの若者たちは、池袋の安宿に泊まって、東京でゆっくりしてから、箱根に行くとのことだった。「箱根は寒いぞー」と脅かしておいた。もし雪を見たかったら、北の方に行くと良いとも伝えた。「タイでは、人口の氷しか見ることができない」と彼は笑っていました。
以前、バンコクで飛行機のチケットを買いに旅行会社に行ったら、大きな雪山の写真があったので、「どこで撮ったの?」と聞いたら、「去年に日本に『雪を見るツアー』に行って、雪に触ってきた。これが俺」と写真の毛糸の帽子をすっぽり被って目しか見えない人を指差した。同じ格好の人は他にも何人もいた。「これじゃ、誰だか分からいじゃない」と大笑いしました。
昔、タイ語に何で日常生活に全然関係の無い「雪」(ヒマ)という単語があるのか、疑問に思ったことがありました。タイの山岳民族のことを書いた本を読んでいたら、「中国との国境あたりに住んでいた現在のタイ族が暖かい南に降りたので、その空いた土地に西のチベット方面からやってきたのがタイの山岳民族で、、、、」という記述があった。そうか、過去には実際に見たことがあったから、「ヒマ」という単語があるのだと納得したことがありました。
ヒマという単語とヒマラヤとは、当然関係がある筈ですね。
ところで、成田に着いて外に出て、気温表示を見たら、なんと10.5度。
頭が寒かった。
バンコク便り 7
すると、うち向きの商品が目に飛び込んできた。「こんなところにもあるぜ」と嬉しくなり、早速選び始めた。支払い終わって残金を数えると、もうあまり残っていない。「でも、あれは買わねば」と最初の目的の店に行き。有り金をはたいた。
ホテルに帰る途中で、白人グループがビショ濡れになって水鉄砲を持っていた。何故か白人が持っていると、世界情勢などを感じさせられて、違和感を感じてしまいます。
ホテルに帰って昼食を取り、シャワーを浴びて、顔見知りになって、ルームナンバーを言わなくてキーを出してくれるようになったフロントのおネエさんに別れを告げて、空港に向かった。
以前、機内で隣に座った男が汗臭く、気分が悪くなったことがあったので、自分でそれをしてはいけないと、少しお金を払って、チェエクアウトタイムを延長してもらった。
通路を挟んだ隣の男のイビキが凄くて眠れないこともあった。イビキだけならなんとか寝られたかもしれないが、イビキが突然止まって、今度は苦しそうに「グフッ」とかしたので、大丈夫かと気になって仕方がなかったのだ。ご本人は、朝何でもない風に起きましたが、、、、。
バンコクの新国際空港は広く、小さい国の安い飛行機の発着はだいたい端なので、乗り場に辿り着くまで結構歩かされた。着いたら、喉が乾いてしまった。その辺は計算されているのか、小さなスタンドで飲み物が売られていたので、水を買った。
来る時に乗り換えで寄ったハノイの空港で、久し振りにあのミルクがいっぱいの甘いベトナムコーヒーを味わってみるかと、スナックに行ったら、あまりの高さに、「すいません」という感じでスゴスゴ引き返し、仕方なしに水を買い、飛行機の中に置き忘れてしまったのを思い出した。こっちの方が少し(20円くらい)安いしここで買うべきだと思った。そして、「今度は忘れないぞ」と、その時に自分に言い聞かせたのでした。
機内に入ると、後から大きな水鉄砲を持った日本人らしきおネエさんが乗りこんできた。「買ったんだ。あんたは偉い」と感心した。
来る時にエアーホステスが無表情で、生き生きしていないと感じたのですが、たまたまなのかもしれないと思っていたのだが、今度もそうだった。やっぱり今まで乗った他の航空機の人たちと違う。好意的に考えれば、まだ慣れていないのかも知れないということになるが、発展途上国のこういう職業は、金持ちの娘しかなれないのかもしれないということを考えると、いつもエバって育ったから、突然仕事で「奉仕しろ」と言われても出来ないのかもしれないとも思う。ある意味、国の顔とも言えるのに、これは印象が悪いのではないだろうか。この点は、アメリカのエアーホステス(腹はどう思っているかは別として)の態度は立派です。
その後、乗り換えでまた2時間位いた待合室の売店のお姉さんさんたちは、ケラケラ笑って、屈託がなくて、可愛かった。(顔ではなく表情が)そんなことから考えると、「ベトナム女性が」ということではないと思います。
ハノイに着き、買った水をしっかり抱えて、乗り換えの待合室に入ろうとしたら、手荷物検査があった。なんと少し前に買って、少しか飲んでいない水を取り上げられてしまった。そういえば、最近は水分の持ち込みはいけなかったのだ。「バンコクの飛行で買ったのにいけないのか?」とか言って、少し頑張ってみたがダメだった。
その間に、隣にあの水鉄砲を持ったおネエさんが来て、その水鉄砲を取り上げられてしまった。英語といろいろ文句を言っていたが結局返してもらえなかった。最後に自国語で何か言ったのを聞いたら、韓国人でした。韓国人を見直しました。
待合室には、いくつかの韓国人グループがいました。何故か、「大阪のおばさん」という感じがしました。(良い意味で)
バンコク便り 6
でも、その店は信頼できるので、輸出代行業者に戻ってもう一度チェックしてもらうと、あった。その店の人がそこに持ち込む時に、「ラーマヤナ」と書いたため、別の場所に保管されていたのだ。こちらを知らないはずはないので、冗談で書いたのかもしれないが、、、。
昼ごろには支払いも終わり、今回の発送は完了した。
ゆっくりと遅めの昼食を取った後に、東京からのメールをチェックしてみたら、「小さなビーズが入った縫いぐるみの動物を買ってきてくれ」とあった。「以前は、タイでも、インドネシアでも普通にあったが、最近は見ないな」と思いながら、もう店が閉まっているかもしれないと心配しながら、売っていそうな商店街にバスで行ってみると、99%の店が閉まっていた。しかし、閉まった店の前の地面に店がズラーッと並んでいた。「さすが生活力が凄い」と感心。売られていたのは、様々な生活雑貨と水鉄砲がほとんどだった。お目当ての動物は影も形もなかった。せっかく来たのだからと、普段は混んでいていく気がしない横道に入って行くと、なんと来た日から探していたものがあるではないか。喜んであるだけ買うが、予定の半分もなかった。でも、これでお客さんとの約束は果たせた。良かった。ヒョウタンから駒だった。
朝、荷物を整理したところ、もう少しは持ち帰れそうだったので、普段行かない場所をブラブラ歩いて、衣料品をもう少し買い込んだ。なにしろバンコクにいるとことは、問屋街を歩くようなものなので、見るもの見るもの、「これはうちの店で売って良いか?値段は大丈夫か?」と常に考えてしまう。これも楽しいし、ボケ防止にもなると思う。
ホテルに帰るバスから外を見ていると、いたずらっ子たちが集団で大きな水鉄砲を持って街に繰り出し始めていた。今回はシャツの着替えが無いので、水を掛けられたら着るものが無くなるので、そういうグループを見たら少し避けて通ることに決めた。
バスを降りて、ホテルの帰る途中に大きな水鉄砲を持ったびしょ濡れのインド人の若者グループがいたので、「水を掛けられたの?」と聞くと、「そうだ。だからこれを買った」とその大きな水鉄砲を見せてくれた。「こんなに大きなものはインドで買えない」そうだ。来年のホーリーでは大人気かもしれない。別れ際に少し水を掛けられた。
そういえば、「インドは、ジャイ・ホーリー」だけど、タイではなんと言うのか聞きのがし続けている。
バンコク便り 5
また油気の無い朝食を取ってから、近くのマーケットを物色して少しずつアクセを買いながら、昨日の船着場からまた乗合船に乗った。
そこまでにたどり着く途中に思ったのは、「バンコクは何でこんなに歩行者のことを考えていないのか?」ということ。エッチラ登って降りなければいけない歩道橋はあるが、地上の「横断歩道」というものがほとんどない。仕方が無いので、信号で止まっている車の横をすり抜けて横断する。そこにはこれを2回しないと行けないのだ。
横断歩道がたまにあっても、「どけどけ」という感じで車が来るので、安心して渡れない。足の悪い人などはどうすれば良いのだ?でも、これは日本人の感覚で、ヨタヨタ渡る人がいれば、きちんと避けてくれるのがタイというところ。誉めているのでも、貶しているのでもなく、何故かそうなのだ。無秩序の中の秩序というか、この辺がこの国の不思議で、面白いところです。そして、それを僕は好きです。道を歩いていて、ぶつかりそうになると、日本の様に表情も変えないのではなく、お互いにニコッとする。これも気持ちが良い。
この日はしっかりと働く若い女性の船掌(?)が、きっちりと船賃を取りに来たので、行き先を言い、当然前日は乗ったことは無視してお金を払った。
前日、気になっていたものを買い込んだら、こちらの輸出代行業者に送っておいてくれるというので、身軽で動けることになった。身軽になったので、そこからバス1本でいけるインド人街にもう一度行って衣料品を少し買い込んだ。女主人が自慢するように確かに良いもので、現地で見つけるのに苦労しそうなものだったが、インドと比べると、非常に値段が高かった。でも、どうしても欲しかったので、諦めて買ってしまった。
その後、輸出代行業者にそれを持って行き、ホテルに帰り、昼食後、夜のタイ料理のために体調を整えようと思い、ベッドで1時間ほど寝た。
「よし、元気」と起きるつもりだったが、相変わらず腹の調子が戻らなった。残念ながら、タイ料理のご招待を断りに行き、「次回は必ず」と約束した。前々回バンコクに来た時も、インド料理を食べたら、その晩から翌日の午前中はトイレから離れられなかった。疲れと食べすぎには気を付けねばいけないといつものごとく反省した。
近くのショッピングアーケードを歩いていたら、インドのバジャン(ヒンドゥ教の神様賛歌)が聞こえてきた。「何だ?」と思って、そこに行ってみると、スマホを乗せたショーケースの内側にインド人と思われる店員と外にはインド人が集まっていた。そういえば、今回はインド人のグループが多い。我が宿泊しているホテルにもインド人が泊っていた。インドの人たちも少しお金の余裕ができてきたので、家族でバンコクに来て、スマホを買うのでしょう。それからまだウロウロしていたら、もう4,5店で同じような光景を見た。前回は、イラン人だったが、今回はインド人が非常に増えました。特に夜などにこの界隈を歩いていているのは、インド人、アラブ人とアフリカ人が特に多い。安めのホテルと、衣料品、雑貨の店が多いので、それほど裕福ではない外国人たちが集まります。そして、アラブ人、アフリカ人たちはここで商品を買い込み、自国に送り出しています。アフリカ人は一時少し減ったようでしたが、また増えてきたようです。
それから、夜の屋台にソンクラン用の水鉄砲を売る店が増えてきました。息子たちがまだ小さかったら、土産に買って帰りたくなるような大きさのものもありました。
インドには、「ホ-リー」という同じようなお祭りがあります。昔、息子たちが小さい頃にインドに行った時に、ちょうどホーリーにあたり、友人の家の周りで近所の家の人たちと散々水のかけっこをして遊んだり、とにかく友人の家に入ろうとすると周囲の上の階から水入り風船が飛んできたり、バケツの水が降ってきました。息子たちが他宗教徒に水を掛けて怒られたこともありました。チェンマイでのソンクランことなどなど、いろいろ思い出しました。
バンコク便り 4
いつものように立ったままにするか、座るべきか迷った結果、どっちにでも対応できるように座りました。凄い下痢ではなかったが、座って良かった。
「来る時の飛行機の中で、タダのワインをがぶ飲みして、ホテル着いてからも成田で買った“氷結”を飲んだり、ちょっと飲みすぎたこと。突然暑いところに来て、まだ身体が順応していないこと。そして、昨夜食べた焼きそばは旨かったのだけど、脂っこかったのと、にんにくの量が半端ではなかったことが原因だろうな。そんなにひどくゆるくもないので、心配することはないだろうと、眠い頭で結論を出しました。
起きてもまだ腹は本調子ではなかったので、ビュッフェの朝食は脂っこいものは避けて、お粥にいつもならば野菜炒めなどいろいろ入れるのを我慢して、ソーセージだけ入れて2杯食べ、あとはサラダとフルーツ(スイカとパイナップル)だけにした。
それから、昨日のコースで両替屋に行き、乗合船に乗り、衣料品の問屋ビルに行った。昨日の豪雨が街中のごみを洗い流したらしく、運河はペットボトルなどのゴミの量が凄かった。ペットボトルは浮くので目立つけど、沈んでいるものも多いのだろうな。それにしても、船は交通渋滞はないし、涼しいし、住んでいる人たちの裏側の面も少し垣間見ることができる便利で、楽しい乗り物ですが、行き違う時などにザバァーと上がる水しぶきだけは浴びたくない。水は絶対きれいとは言い難いから。
いつもは乗るとすぐに料金を取りに来るので、手に小銭を用意していたが、人手不足なのか来なかくて、払うチャンスが無かった。「お前が悪いんだぞ」と思うことにして、そのまま降りた。(陸に)上がったのかな?
その大きな問屋ビルは、地下1階から4階まで小さな店がビッチリ詰まっていて、Tシャツ、下着、民族衣装などなど、様々な衣料品が売られていて、全ての店を見ていたら、半日はかかると思う。何度も行っているので、大体お目当ての店がどの辺にあるか分かっているので、それらの店に行く間に、いろいろな店をのぞきます。最初のお目当ての店で、期待した商品があったので、それらを選んでキープしておいてもらい、次の店に行き同じ様にして、もう1軒行き、荷物がかなりいっぱいになったのと、体調を考えて、途中に気になったものがあったので、もう一度来ることにして、いつもより早めに引き上げた。
出口にたむろしているトゥクトゥクは値段交渉が面倒なので、タクシーにしたかったが、行く場所が混む(いつも渋滞がひどい)ということで、2台に乗車拒否され、やむなく荷物を運ぶのを手伝ってくれた店のネエチャンに交渉してもらい、タクシーより少し高いが仕方なくトゥクトゥクに乗った。割り込み、反対車線走行などは当たり前で、これに乗る時はいつもヒヤヒヤします。観光客が話の種に一度くらい乗るのは良いでしょうが、、、。
昼もホテルのビュッフェランチを食べた。日本円にして、大体250円くらいだが、その辺のレストランでチャーハンや焼きそばを食べると150円くらいだが、1杯だけだと満腹感は無い。ここだと、炒め物数種、チャーハンも焼きそばも食べ放題で、朝と同じだがサラダとフルーツもあり、ジュースの飲み放題。この時は、暖かいそばがあったので、それにしました。
少し休んでから馴染みの店に行ってみました。いつも観光客や仕入れ業者で大繁盛でしたが、客が全然いません。心配になって聞いてみると、日本人のお客は減ったけど、アメリカから大量の注文があるので、忙しい」とのことで安心しました。この店に古くから勤めている、私のタイ語の先生(英語を話せないので、こちらが本を見ながら話す)であるおばさんの助けを借りて、商品を選んで帰ろうとすと、明後日からソンクランなので、店を休んで、オーナー夫婦はシンガポールに旅行に行くとのこと。そして、翌日の夕食に招待された。「OK」と答えたが、腹が少々心配だった。
またインターネット屋にいた時に集中豪雨があったが、すぐに止み、この日は道路に水がたまることは無かった。



