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インドのドクラワ-ク

ドクラ

「店が新しくなって商品が見やすくなったのだから、もう少し真剣に宣伝しろ」と尻を叩かれた(いぇ、アドバイスを受けた)ので少し店内の紹介やら、商品の紹介をさせていただきます。

まずは僕の大好きなドクラワークから。

ドクラワークとは、東インドのオリッサ州周辺に昔から伝わる伝統的技法で、脱蝋法(ロスト・ワックス)により真鍮を溶かして使って様々な形を作ります。。
1つ1つ手作りなので、ほのぼのとした作り手の温もりが伝わってきます。

今はやりの「癒し効果」があるかもしれません。

その技法とは、次の工程です。
1、作りたい物の形の土台を粘土で作る。
2. その土台を薄くした蜜蝋で覆う。
3. 覆った蜜蝋の上に目、鼻、耳など様々な装飾を蜜蝋で貼りつけます。
4. 全体を粘土で覆います。
5. それを火にかけ、中の蜜蝋を燃やして取り出します。
6. 蜜蝋が入っていた空洞に溶かした真鍮を流し込みます。
7. 冷えたら外側の粘土を割って真鍮部分を取り出します。
8. 最後にはみ出した部分などを削り取り終了です。

そのように作られているので、同じ物は一切ありません。同じ大きさで、同じデザインの物を20個並べて比べてみたことがありますが、たとえほんの少しだとしてもどこか違っていました。

デザインのほとんどは神様、人間、動物ですが、最近は灰皿などの日用品まで作られるようになりました。

以上の内容は、インドでこれを仕入れた時に業者から聞いた話なので、正しいかどうかを確認をしたいと思いネットで検索してみました。
すると、中国人らしい人がネット販売しているサイトと去年のナマステ・インディアで当店(多分)でお買いになったインドレストランを手伝っているというインド古典舞踊を踊る女性のブログだけでした。

彼女は最後に「これは何だろう?」と書いています。
このブログを読んでくれるかどうかわかりませんが、お答えします。
「それは、ドンキーです」



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トルコの反政府運動

マスコミでは「トルコ暴動」と書きたてているが、市民の正当な要求なので、「反政府運動」と呼びたいと思います。

報道を観たり読んだりしていると、市民の憩いの場所であるイスタンブールの中央にある公園をショッピングセンターにするという政府の決定に反対する市民のデモが始まりだそうです。そして議会で圧倒的な数を誇る与党がアルコール販売の規制が議会を通過させたりなど、イスラム色を強める政策に市民の政府に対する日頃の不満から全国的に広がって行ったとありました。

今の政権は経済発展を遂げたし、オリンピックを招聘するぐらいだから、平和で安定していると思っていたのですが、とても残念です。

イスタンブールは何度か行ったことがある大好きな街なので、大体の場所は分かります。どこの公園だろうと思っていろいろ調べたら、なんとタクシム広場のことでした。一応新市街にあることになっていますが、広大な新しい街が背後に建設されたため、感覚的には庶民ための旧市街との中間とも言える場所にあるこの広場はかなり広く、バス停が並んでいたり、レストランがあったりと雑然とはしていますが、確かに歩き疲れた人たちの憩いの場所のようです。当然地下鉄駅もあります。
行政側としては、ショッピングセンターを立てるのには最高の立地条件だと思っても不思議はないと思います。でも、市民にとっては大切なものを奪われる気がするのも分かります。

ここからガラタ橋に向かって海に降りる路を走る市街電車ともう少し先で海側に降りる地中のケーブーカーは風情があります。その道のわき道を入ると飲み屋街があり、ある時その中の一軒でビールを飲みながら夕食を取っていたら、流しの楽隊がやって来て、リクエストにこたえたりしていました。もちろん周囲のお客さんたちは楽しそうに手拍子をしたり、一緒に歌ったり大騒ぎでした。

トルコはイスラム国ですが、「これがイスラムの国?」と思うくらいに自由度が高い。
地方に行くと頭をスカーフで隠した中年女性を見かけますが、イスタンブールなどの都会ではほとんど見かけません。イスラム教徒は禁酒、禁煙ですが、タバコは吸うし、ラキー(水を足すと白濁するので、別名ライオンミルクと呼ばれている)という強い酒をグイグイ飲んでいます。これは美味いけど、効きます。もちろん旨いビールもあります。
以前パキスタンのホテルでビールを注文したら、パスポートのコピーをとったりして、なかなか飲めませんでした。
酒は市民の楽しみの1つなのにそれを規制されたら、怒っても当然かもしれませんし、自由を謳歌してきた人たちが、イスラム教の規律に従うのは難しいと思います。

トルコの人たちは旅行者に絨毯を売り付けて金をふんだくってやろうして近づいてくる輩以外(特に庶民)は良い人が多く、知らない人に何回も酒や肴をおごってもらったことがあります。飲み屋で、一緒に「ウシダラグジェリケ、、、」(年配者しか知らないと思いますが)を歌ったこともあります。一度などは、場末のナイトクラブの様な所でカミサンと2人で飲んでいたら、知らないおじさんにベリーダンサーの胸にお金を入れて来いとお金を渡されたこともあります。もちろん行きました。
ただ、女性だとバスや電車の中で、「アッ触った」というぐらいの痴漢をされることが多いようです。ご注意を。

40年ほど前に行った時に、このタクシム広場でのデモに遭遇しました。老若男女そして赤ちゃんまでもが参加していました。この少し前の日本での学生運動のデモを見慣れていたせいか、静かで微笑ましいデモで感動すら覚えました。
今回だって、最初はこうだったのに、政府の対応の悪さで「暴動」と呼ばれるような状態にエスカレートをしたのかもしれません。

こんな愛すべき人たちが不幸になるのは、非常に悲しいことです。
なんとか穏便に解決して欲しいと強く願います。
それには政府が譲歩するしかないのかも?

バンコク買い付け日記 13.03 最終日


どう考えても、持っているタイバーツでは、今日の発送に足りそうもないので、開店前の9時前から両替屋の前に並び、残っていたほとんどに日本円をタイバーツに替えた。
それからいつものコースで、歩いて発送業者のところに行った。心配だった例の注文した商品はまだ来ていなかったので、発送業者が電話をしてもらった。もうすぐここに来るという返事を貰って、箱詰めを始めた。顔見知りの箱詰め係のお兄さんがチャンピョンベルトみたいなものを締めているので、「何?」と聞いてみると、「重たいものを持つから」とのこと。そういえば、重量挙げの選手がその手のベルトを締めている。
「いつ見ても彼らの作業は手際がよいな」と思って見ていると、例の最後の荷物がきた。これで一安心だ。あとは発送業者の事務関係の問題だけになった。土曜日に書類を渡してあったせいか、いつもより早く事務作業が終了して、代金を払い無地終了。お金もなんとか足りた。カードで払うと5%増しになってしまう。
時は10時40分。覚悟した時間より1時間位早かった。これでシャワーを浴びることができる。一度機内で隣の人が汗臭くて寝られないことがあったので、それ以来自分でも常に気を付けています。

ホテルに帰る途中に最後に持ってきてくれた店に寄ったら、マダムはお昼の出勤で、タイ語の先生はお休みだそうで、2人にはサヨナラが言えなかったのが、今回の心残り。

時間の関係で、もう少し何かを買うために遠出は出来なかったので、ホテルに歩いて帰る途中に以前から眼を付けていた物を買いました。他のところでも同じものを売っていたので、値段を聞いたら、150バーツと言われたものが、そこでは前から「100バーツ」という値札が付いていた。「10枚買ったら、いくら?」と聞くと、「1000バーツ」という答え。12枚選んで、「1000バーツ?OK?」と値切ってみるが、「他では200とか150バーツで売っているものだ」と言って、断れてしまった。実際150バーツで売られているのを見て、「100バーツで買えるかも」と思っていたので、しぶしぶ手を打った。

シャワーを浴びて時計を見ると、ちょうどチェエクアウト時間の少し前だった。
「今回は終わり」ということにした。
そういえば、前日昼過ぎにホテルに帰って鍵を貰おうと思ったら、フロントのお姉さんから、「チェックアウト?」と聞かれた。
「今日も泊るぜ」と答えると、予約の書類を出してきて見せてくれた。
予約した日数を数えると、彼女の言うように前日までしか予約していない。
私のみごとな失敗。
「部屋はありますか?」聞いたら、笑いながら、「大丈夫」と言ってくれた。
その時にチェックアウトタイム延長の交渉をしたら、30分しかできないとのこと。

空港には早く着いてしまった。昼食を取っていないのを思い出し、レストラン街をウロウロしたら、日本食屋が多いのと街との値段の違いにびっくりした。意地でも日本色は食べないと決めたら、なかなか旨そうなものが見つからず。困ってしまい、結局、「これも面白かも?」と思い、何の関係もないスパゲティにしてみた。たいして旨くなかった。

チェックインの時に預かってもらうトランクを計量機に載せたら、17kgだった。いつもは20Kgを確実にオーバーするのだが、今回はやっぱり少なかった。
すると、係の人がキャリーバッグを指差し、「それも無料で預かる」と言った。それは身軽になって嬉しいのだが、実はこのバッグには小さくて重いものをまとめていたので、あまり計量されたくなかったのと、機内が寒かった時のために着ようと思っていた下着があったので、一瞬迷った。しかし、有無は言わせぬという言い方だったのでやむなく従った。キャリーバッグを計量機に乗せて、悟られないように横目で見ると、15Kgあった。
「知らないよ。お前が言ったからだからね」と心の中で言ってやった。

出国手続きを済ませ、免税店でたばことタイ産のワインを買って、搭乗券を出すと、「マレーシアに行く人には酒は売れない」ときた。
「俺は、東京に行くんだ。ほら見ろ」と言って、マレーシアから先の搭乗券を出したが、聞き入れてもらえず結局買えなかった。
そして、マレーシアの空港でマレーシア産の酒を買おうと探したが、さすがイスラムの国だけあって全然無かった。お土産はどうしてくれるんだい。

翌朝成田に着いて、バスに乗ろうとして、雨が降る外に出たら、頭と首筋が寒かった。

バンコク買い付け日記 13.03 5日目

昨夜もバスタオル1枚で寝たので、グッスリ寝られた。
バンコクに来て突然暑くなったのと、体調不良もあり、クーラーを使わないと寝られないのではないかと思ったが、東京でもそうしているように機械などに頼らないで、窓から入る自然の風(トイレのドアを開け、中の換気扇は回していたが)で十分だったのだ。これも反省。

さて、注文していた衣料品が店に届いているかどうか心配で、途中で昨日気になったものをゲットしながら急いで(歩いてでは、そんなに急いでいる感じは無いかも?)いつもの店に行ってみた。
残念ながら、まだ届いていなくて、3時になってしまうとのこと。3時というのは発送業者が閉まる時間で、以降の作業は出来ない。ということは、「全ては月曜日の午前中」ということになってしまった。
それらを送らないと来た意味が無いので、それを待って送るしかないと、今日の発送は諦めて月曜日の午前中にかけることにした。何かその前に出来ることはないかと考えて、発送業者に書類作りを今日から始めてもらえば、時間が短縮できると思いついた。
そこで発送業者に行き、事情を話して、それまでに買って、そこに集めた商品の明細書を渡して、今から書類作りを始めてくれるように頼んだ。

とりあえず腹ごしらえをしようと思い、昨日行った世界の料理を食べられるという場所に行き、飲茶風のシューマイなどを食べた。意外に高かったのと旨いコーヒーをまた飲んだため、100バーツを超えてしまった。

もう手で持ち帰るものしか買えないので、あまり大きなものや重い物はダメなので、小さなもの、軽いものを探しにまた街に出た。と言ってもホテルまで歩いて帰る途中(少し大周りをしたりはするが)に、たくさんの店があり、今まで気になったものをもう一度検討しよう、まだ行っていなかったビルもあったと思い、ホテルまでブラブラ歩いて帰った。
途中で、重いけど小さいものを少し買い、明日のクソ暑いウイークエンドマーケットに行くために汗拭きタオルを買ったりもしました。

バンコクは信号がほとんどない。「当局が信号を付けると交通渋滞がもっと深刻になると考えているではないか?」と思っています。バンコクで信号が無いいつも車が走っている道を渡る時は、基本的に車が信号で止まっている時にそれらの車をぬって渡るのと歩道橋の2つの方法があります。ホテルと僕が主に活動する範囲(バスやボートで行かない)は四つ角の対角にあります。だから、大きな道を2階渡らなくてはいけません。ホテルから行く時は、まず信号待ちの車の横を渡り、クーラーの効いたファッションビルの2階にエレベーターで上がり、そこに繋がった歩道橋を通ります。この歩道橋は帰りには自力で登らないといけないので、帰りは違うビルの2階(ここももちろんエスカレーターとクーラーがある)と繋がった歩道橋を通ります。暑いので、なるべく体力の消耗を防ぐためです。慣れない旅行者にとっては道を渡るのも大変かも?

ホテルに帰りトイレで座って(そういえば、これまでホテルに帰るといつもトイレに座っていた)、貴重品を置いて、またマッサージ屋といつもの屋台に行った。マッサージ屋はその辺で一番安いし、技術もそれほどひどくないのでOKだけど、いつも同じ屋台というのはどうかな?とたまに自分で思うこともあります。しかし、そこの味と従業員が悪くないし、屋台なので料理の数も多くないので、メニューの全てを制覇というのも面白いと思ったりします。今日が最後だったけど、3つ残してしまった。今度行った時に彼らがいたら、メニューの残りに挑戦してみようと思います。
帰りがけに「明日も来るかい?」と聞かれたので、「明日は友人と約束があって、明後日の午後に帰る」と伝えると、寂そうな顔をしていた(気がした)。

バンコク買い付け日記 13.03 3日目

「今日も眠いな。寝方を考えないといけない」と思いながら、朝食を取った。今日もスイカは無かった。
何故か「禁煙」のホテル(内緒の話だが、どうしても我慢できなくなると、トイレの換気扇の下でこっそり吸っている)だったので、入り口外の喫煙所(と言っても灰皿があるだけ)で、たばこを吸いながら、何をしようかと考えて、昨日気になった商品を手始めに買ってしまうことにした。

昨日と同じようにボートに乗り、同じビルに行き、数件の店で商品をダァーと選んで、「ここに送っておいてくれ」と頼んで、発送業者の名刺を渡した。

またバス停に行き、中華街行きのバスを待つために椅子に座っていると、お坊さんが来て隣に座った。やがてバスが来ると、お坊さんの指定席である入口のすぐ後ろの席におばさんが座っていた。彼女はそのお坊さんの姿を見るとすぐに席を立って、後ろの席に移った。「さすがタイ」と思って後から乗り込むと、その席に座ったお坊さんが、隣に座れと手招きしたので、隣に座った。「何か話しかけられたどうしよう。このお坊さんが英語で話しかけてくれたら良いな」などと思っていたら、話しかけてこないで、すぐ降りてしまった。ホッとした気持ちと、残念という気持ちと、少々複雑だった。
中華街に行き、昨日気になった商品を買い集め、インド人街まで歩いて行った。途中面白いものがあったので、それもゲット。

インド人街のお目当ての店に行ったら、何故か閉まっていたので、他に何かないかとブラブラしてみた。何軒かの店で話してみたら、意外にもネパール人などもいた。静かに進出しているようです。久し振りにヒンディー語、ネパール語を話せて、忘れていた単語が少しだけよみがえってきました。
買ったものが意外に重かったので、一度ホテルに帰る必要があり、時間が無いのでタクシーにしようとしたが、何台ものタクシーに乗車拒否されてしまった。そうしたいと思う事情を知っているので、文句も言えない。
ホテルに帰る途中で、例の近くの大きなスーパーの4階の食堂街で、食券替わりの100バーツ(約300円)のカードを買って(借りて?)大好きな肉入り麺を食べて、紅茶を飲んでいたら、寒さのためにまた腹がグゥーとなってきた。テラスの様にクーラーの効いていないところを見つけ、そこに移った。カードの残金がまだあったので、現金に換えてもらった。(しっかりしていますな)

その後毎回行く店に日本から持ってきたお菓子の土産を取りにホテルに帰って、それを持って行ったら、店主のマダムは不在で、大番頭とも言えるおばさんが喜んでくれた。このおばさんは、いつも忙しいマダムの替わりに相手になってくれます。あまり英語を話せないので、こちらが本を見ながら、必死に話すタイ語に耳を傾けて、発音などが悪いと直してくれるタイ語の先生の様な人です。彼女に注文するもののリストを渡して用意してもらうことにして、新しい商品を出してもらい少し選んだ。
近くに大きなサイズのTシャツを売る店があるので、息子のために買いに行った。「これは大きすぎるかも?でも、大きい分には良いだろう」と思って買った4LのTシャツは、帰ってから着せてみると、ピチピチだった。以前、新宿を歩いていた時に、若いお相撲さんに「どこの部屋ですか?」と聞かれたらしい。
発送会社が近くにあったので、顔を出して名刺を貰って来た。それから、日本へのメールを書きにインターネット屋に行った。日本の様なインターネットカフェではなく、ただPCがズラーッと並んでいるだけ。以前イラン人がたくさんいたが、今回は全然いない。ガキは昼間から、ゲームをやっていた。

その先にアクセサリーなどいろいろ売っている店が何軒かあることを思い出し、そこに行ってまた物色した。発送終了後の残金次第で量が変わるが、一応買うものを決めた。けっこう近場で済ましています。
帰りにまだチェックしていなかったファッションビルを2軒ブラブラしてからホテルに帰り、貴重品を部屋に置いてからまたマッサージ屋に行った。以前、隣の部屋に入った現地にオヤジさん(姿を見たわけではないが、声の感じで)が、マッサージが始まって少し経ったら、イビキをかき始めたことがあります。それを聞いて、こんなに痛くて必死に耐えないといけないのに、何で寝られるのか疑問だったともに、自分もいつかそうなりたいと願っているが、いつも必死に耐えています。痛くないように軽くしてもらうと効果が無いような気がするので、痛くても「ウっ」と声を上げる程度で、「痛いか?」と聞かれると、「少しだけ」と答えることにしているが、本当は結構痛い。友人の1人は、「あんなに痛いのは、もう2度と行かない」と言っています。
マッサージの後、夕食を食べにまた昨日の屋台に行った。今日は、時間が早かったのか、昨日店の前に座っていたところ店がまだ営業をしていた。仕方が無いので、道路側に座って食べた。食べている時に例のお兄さんが、移動屋台を押してきたインド人風の男を止めて、注文をしていた。少し遠かったので、良く見えなかったが、鉄板に油をひき、そこに小麦粉を水に溶いたようなものを落とし、何かをその上に置いていた。やがてそのお兄さんが出来上がったものを持って前を通ったので、覗き込みながら、「それは何?」と聞いてみると「なんとかロティーだ」という。ロティーというのはインドでパンを意味するけど何だろうと思っていたら、「自分のおやつだ」と言って、少し分けてくれた。食べてみると、厚手のクレープにバナナとミルクの入ったものだった。甘くて旨かった。夜になると、少し行った角でいつも店を出しているということだったので、機会があったら、行ってみたいと思いました。インド人も頑張っています。

道路を見ていても面白くないので、歩道を歩く人を見ていたが、何故か店主は外を向いているのに、店の中のテレビがこっちを向いている。こっちから見ると、通行人、店主、テレビという順。テレビの歌番組を見ながらの夕食となった。今回は、30cmぐらいの魚の丸焼(名前は分からない)とチャーハン。
ホテルに帰り、今日こそはちゃんと寝ようと思い、窓を少し開け(幸い大通りから離れているので、煩いトゥクトゥクの音が殆ど入ってこない)、クーラーを最小にして、ベッドの毛布の上でバスタオルをかけて寝てみた。これが成功だった。
プロフィール

はるばる屋 店主

Author:はるばる屋 店主
はじめまして はるばる屋店主です。

大学を卒業して、スイスに山を見に行き、安いというだけの理由で、陸路でアジア経由で日本に帰ってきました。
途中で垣間見た現地の人々の生活や習慣に非常に興味を持ち、

もっといろいろ知りたい

それにはもう一度行かねばならない

そうだアジアに関わる仕事をすれば良い

という三段論法と、

アジアの素晴らしさをもっと他の人にも伝えたい、それにはどうするか?

そうだ!現地に行って商品を買ってきて売る商売をすれば、自分はアジアに行けるし、彼らの文化・技・手のぬくもりを伝えられる。

などと考えて始めたこの商売。
気が付けば、もう30年以上も経ってしまいました。

アフガニスタンで何かあると、「あのおっさんは大丈夫だろうか?」、タイで爆破事件が起きると、「あの場所は、タイに行くと何回も利用する船着場」とか、何時もアジアのことを意識しています。
昨今、ベリーダンス、ヨガなどに人気が出てきました。でも、アメリカ経由の流行という感じもします。まっすぐアジアに興味を持って、好きになってくれる人たちが増えると嬉しいです。

はるばる屋のホームページは、http://www.harubaruya.com/ です。
ネットショップでのお買い物は、こちらからお願いいたします。
BBSでは、アジア関係の催し物の書き込みもご覧いただけます。

よろしくお願いいたします。

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