外国語

会話帳
「聞いているだけで、英語が自然に身につく」という、若いプロゴルファーを使ったテレビコマーシャルがあります。
自分の息子たちが言葉を覚えていった過程を観察していたら、「周囲から語りかけられる言葉を耳で覚えて、それを発音してみて通じたら、その言葉の意味を知る」ということを実感しました。
この教材は、発音して通じるかどうかを確かめることは出来ないけど、言葉に慣れるというか、聞く耳を育てることには意味があると思います。まず、言葉と身体に入れられなければ、発することは出来ないと思うので、第一段階としては良いかもしれないと思います。

50年も前に英語を習い始めましたが、その頃の教師は、文法は知っていたかもしれませんが、カタカナ英語で教科書を読んでいました。たぶん外国人と話したことのある教師は稀だったと思います。こういう教師に習った我々世代は、英語が話せなくて当然だと思います。

初めて外国に行った時に、「10年も英語を習ったのだから、分からない筈はない」と思っていましたが、最初のころは満足に聞けないのだから、ほとんど答えることはできませんでした。
スエーデンのパン工場で働いていた時に、一緒に働いていた同年代の現地の若者と仲良くなり、家に遊びに行ったりしましたが、言いたい事が言えなくて、フラストレーションがたまりました。
そこで、仕事の契約が終わったら、英語を勉強するためにイギリスに行こうと決心しお金の関係で、、3カ月だけ学校に行きました。その後は、夕方からレストランの地下でお皿を洗いながら、教師養成クラスに生徒モデルとして無料で参加させてもらいました。
入学時のクラス分けの試験は、文法が主だったので、文法だけは得意の日本人の僕は、中程度のクラスに入れられました。聞きも話しもしない宿題は、いつもトップクラスでしたが、最初のうちは、「授業を観ている」という感じでした。同じクラスのイタリア人などは、文法は全然できなかったのに、話すことだけは出来ていました。その時初めて、エジプト人の同級生が読んでいた新聞を見て、「変わった字だな」と言ったら、「お前の国の字も変じゃないか」と言い返されて、「外国人から見たらそうだよな」と、初めて気付きました。
後で知ったことですが、下のクラスは、教科書などはほとんど開かないで、簡単な会話の繰り返しばかりだったそうです。ちなみに上のクラスは、教師になるためのクラスでした。

タイに初めて行って、表通りはともかく、裏通りでは、英語があまり通じなかったので、タイ語を覚えようと思い、本屋に行きました。日本語で書かれた本もあったのですが、英語でタイ語を説明するテープを見つけ、これなら一緒に覚えられると思い、それを買いました。
例えば、[Now we are going to learn Thai numbers] の後に、「one」「ヌン」、[two]「ソン」,,,というものです。

睡眠学習法というのがあるので、そのテープを毎晩、寝る時に聞いたのですが、ある時なかなか寝付けなくて、最後の方まで聞いて、「へぇー、こんなことをやっていたんだ」と思ったこともあります。おかげで耳は慣れたのですが、いかんせん単語不足なので、いつも「旅の指差し会話帳」という本を持ち歩いています。
ほとんど英語が話せない洋服屋のおばさんは、僕が言葉に詰まってバッグをゴソゴソやりだすと、「また本を出す」と言いだし、2人で大笑いします。
こういうコミュニケーションが大好きです。 

それから、店でお客さんとアメリカ製のベリーダンスレッスンDVDを一緒に観たりします。英語で様々な動作を説明しているので、「あの動作は、英語では、そう言うんだ」と、かなり英語の勉強にもなります。
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パズルリング

パスリング2
これを初めて見たのは40年ぐらい前で、アムステルダムのヒッピーが集まる雑貨屋だった。日本ではご禁制のものとその吸引具やら何やら怪しげなものが一杯売られていた。
その中で値段が安く、自分で買えるものがこのリングだった。買った時に、組み立て方を一度教えてもらったのですが、ユースホステルの部屋に戻って自分でやってみたら、出来るまでに3時間もかかってしまった。

その時に、それがトルコ製だと聞いていたので、その後イスタンブールに行った時にいろいろ探し歩き、工場に行きつきました。
これがこの商売を始めるきっかけになったような気がします。途中で知り合った仲間たちと、「もう一度旅行したいけど、金も無いから、旅行会社に勤めるか、仕入れに来るとかいう仕事がしたな」と話し合っていたこともあり、「これを多めに買って帰り、日本で街売りをしてみよう。売れるかもしれない」と思い立ち、作っているオッサンたちを横目に、お互いにあまり通じない言葉で必死に値切って買いました。

その後、台湾、ネパール、バンコクなどで、その国独特のデザインを施したパズルリングも見かけるようになりました。特にネパールはバラエティーも豊富です。アレンジ能力を感じます。

鹿児島からヒッチで東京に帰る途中に旅先で知り合った仲間たちを訪ねながら、帰ってきましたが、大阪の友人たちが興味を示したので、一緒にお金を貯めてこの仕事をしようということになりました。
一度東京に帰って親に元気な顔を見せてから、すぐに大阪に行き、6畳部屋に7人寝るというたこ部屋状態で植木屋に住み込んで働きました。
その後、それがそんなに簡単ではないことを思い知り、この話はウヤムヤになり、みんなはそれぞれに道に散ってしまいました。
僕は東京でスポンサーの人が見つかり、その人の資金で会社を作り、仕入れを担当することになり、東京に帰りました。

先日、店の机の奥にサイズが小さすぎて売れ残っていたパズルリングを見つけ、「面白いから、畑のちびっ子にやらせてみよう」と思い、持って行き、「来週までに出来たら、あげる」と言って、今年中学生になったばかりの女の子に渡しました。先日彼女のお父さんからメールが来たので、「手伝っても良い」と伝えましたが、それでも多分出来ないかも?

店もお客さんも暇な軽井沢で、「1時間で出来たら、進呈します」と書いて、数多くのお客さんにトライしてもらいましたが、1時間で出来た人は片手もいません。実は、組み立て方は3通りあるのですが、一般に知られている一番簡単なやり方が少し特殊なので、トライしているのを見れば、知っているかどうかすぐに分かります。
買ってもらう時に、目の前で組み立て方を教え、実際にやってもらっても、2,3日して、「出来ないので、また教えてください」とい言って来る人もいました。「毎日2時間やって、1週間かかった」という人もいました。 

旅行中に出来なくてバラバラの物に革紐を通して首から下げている中国系マレーシア人に組み立て方を教えてすごく感謝されたこともあります。

試しに、ネットで組み立て方が書き込まれているかどうか調べてみたら、例の一番簡単は方法を写真入りで細かく解説してあるサイトがありました。ネット販売をしているところですが。

本格的に仕事を始めてトルコに仕入れ行き、僕がこのパズルリングを大量に買い込み、別の用事でトルコ人の友人のところに行ったら、アムステルダムから来ていた彼の友人がいた。その友人がパズルリング見て、次のような話をしてくれた。

「昔、トルコの王様が若い娘に恋をして、嫁にしたいが、自分が年老いているので浮気されるのを心配していた。そこで、家臣の一人が、『浮気をする時は、リングを外すので、外したら戻せなくなるリングを作ればよい』と進言して、考え出された」

でも、その時に一緒にいたトルコの友人が、「へぇー、そうなの?」と言っていました。
この話は、欧米人のロマンかも?

他人は眼中にない?

吉祥寺は人が多い。特に土、日はメインロードでなくても人がわんさかいます。
駐輪場に行くために、パルコから三鷹方向に向かう中道通りを100mぐらいチャリで走りましたが、人がいっぱいで、チャリで走る隙間があまりありませんでした。こっちが見えている筈なのに道をあけようとしないとか、真ん中を歩いているので、後ろからベルを鳴らすと振り向いて嫌そうな顔をされたり、本当に精神衛生上よくありません。

昨日商店街を歩いていたら、右前方を歩いていた中年女性が、左を見ながらウロウロ右に寄って行った。「何だよ、急に方向を変えるなよ」と思いながら、左に避けようと左に寄った。すると、反対方向右手前方から歩いてきたこれも中年女性が、左を見ながらウロウロ右に寄ってきた。2人は衝突するかに思えたが、とっさにお互いが身をかわして、衝突しなかった。
お互いを見てはいなかったけど、気配を感じていたのか?
実は知っていたけど相手が避けるだろうと思っていたのか?
どっちでも良いけど、その後に2人とも表情を変えることもなく、何事もなかったような顔で、交差していったことが驚きでした。
お互いに見ていなかったので、「すいません」などの言葉を交わす必要などはなかったのでしょうが。
とにかく、若者も年寄り(他人のことは言えませんが、鈍くなったので、ある程度は仕方がないのかもしれません。)も男も女も、最近はこのような、「他人は眼中にない」という感じの輩がどんどん増えてきている気がします。

吉祥寺の宅配業者の人に、「街で台車を押している時に、チラッとこっちを見てから平気で台車の前を横切られたことはない?」(自分が以前経験している)と聞いたところ、「結構あります」ということでした。
これなどは、他人が避けてくれる、止まってくれる筈だと信じているとしか考えられません。
「そういう時は、横を向いて知らん顔でゴツンとぶつけてやれば良いじゃん」と言うと、答えは、「やっぱりそれは出来ませんよ」でした。それに甘えているんだと思います。

「そういう意識で良いのか?」と賛同してくださる世の意識のある人たちへの提案。

道路の左側を3,4人で歩いてきて、右を歩いているこちらを避けない輩(こっちが道路の真ん中に出て、後ろから来た車に接触したどうするのだ)、横を見ながらフラフラと歩いている輩(追い抜いたり、すれ違ったりする時、こっちはどっち側を行けばよいのだ)、途中でパタッと止まる輩、後ろを気にしないで方向転換する輩、などなどに対しては強く当たりましょう。
1. 「アホ」、「バカ」などの罵声を浴びせる。
2. こちらも気にしないでぶつかっていく。
3. 舌打ちぐらいはする。
4. その他いろいろ。

これを書いた後に、「何で最近こういうことが気になって仕方がないのか?」と自問してみました。

店にもこの手の輩(お客さまではない)が来ることがあり、こちらが、「いらっしゃいませ」と声をかけても、こちらを見もしないか、見たとしても表情を変えずに、装飾物でも見るかのようにこちらを見て目をそらします。そして、無表情でいろいろ物色して(つまりいろいろ触って)、背中を見せたままで帰ります。

やっぱり、残念ながら、そういう輩にたいして、宅配業者の人が「どけっ」と言えないように、「帰れ。バカ」とは言えないですね。その辺フラストレーションが溜まっているのかも?

煙草の話

ハイライト

タバコを吸わない人には関係がないでしょうが、今日本製のタバコが姿を消しています。
顔見知りのタバコ屋さんに聞いてみると、「東北が地震で被害を受けたから」だそうです。
東北地方でどのくらいの割合が生産されているのか、ネットで調べてみたら、宮崎、熊本、岩手、鹿児島、青森の順でした。東北地方が、3位と5位に入っているだけです。
それなのになんで日本製のタバコが無くなったのか?非常に疑問です。

それでも銘柄によってはたまは入荷するので、いつも行くタバコ屋さんで、「今日は入っていますよ」と囁かれたりします。まるで悪いものを買うみたいです。実際身体によくないし、他人にも迷惑をかけるので、良くないものではありますが、、、。

高校生時代から40年以上同じ銘柄を吸っています。外国に行く時も空港で買っていき、無くなったら、現地のものに切り替えるようにしています。

今回面白かったのが、他の銘柄に興味がなかったので知らなかったのですが、昔は高かった洋モクが意外に安かったこと。円高の影響か、和モク(こんな言葉あるのかな?)の値段が上がり過ぎたのか、理由は知りませんが。
それから、地震後に買いに行った時に好きな銘柄が無かったので、仕方なくそれよりも10円安い洋モクを買いました。悪くなかったので、次もそれを買おうとしたら、入荷が止まっていました。訳を聞いたら、権利をJTが買って、日本で生産されているとのことでした。この銘柄を吸っていて、それを知らなかった人がいるでしょうね。

昨日昼ごろにタバコ屋さん行くと、「今日入っていますよ。でも店に出すのは午後になってしまいます」と言われ、再び3時ごろ行ってみました。途中で、地下の喫煙所でたまに会う他店の店長に「日本製のタバコを買いに行くんだ」と告げると、「俺の好きな銘柄もあるかな?」と言ってついてきました。残念ながら、彼の好きな銘柄は、今後も入荷の予定は一切ないそうでした。もしかして、この銘柄は東北で生産されていて、僕の銘柄は九州産なのかもしれないが、他の銘柄も作らなくてはいけないので、割合が少なく、配給制のようになっているのかもしれないと、勝手に想像しています。

今日その人にあったら、「やっぱり、日本製のタバコは旨いねー」と言っていました。

今日の新聞に、25銘柄ぐらいが生産中止になるとありました。カワイソウニ。

久し振りの催事

この5月3.4.5日の3日間、さいたまスーパーアリーナで行われた大学生さんが主催の「世界市」という催事に参加してきました。
「まだいろいろ分かっていないな」という甘さと、「独りよがり」さも感じましたが、「若い人たちが、出来ないなりに一生懸命やっている姿をみているのは悪くない」と思いました。今回で3回目だそうなので、次回はもう少し進歩することと、でもあまりプロになって欲しくないとも思いました。
僕が大学生のころは、1ドルが360円で、お金の持ち出し制限はあったし、「世界」はこんなに近くなかったことを考えると、今の学生さんは「世界」を学ぶチャンスが多く幸せなんだから、どんどん行って欲しいと思いました。

喫煙所に行ったら「釜石」という前掛けを付けたオジサンがいたので、思わず「釜石から来たのですか?」と聞いてしまった。「そうだよ」から始まって、それから、僕が行くと何故かそこにいつもいる感じだったので、「地震の時はどうだったのですか?」などなどいろいろ聞いてしまった。彼も、「震災応援」ということで、出店していました。

彼の話を聞いていると、テレビで観た以上に凄い惨状だったことを知り、なんと言葉をかけて良いやら分からなくなり、努めてあまり「頑張ってください」などの言葉を使わないようにしました。
彼は釜石のワカメ屋さんで、震災時は静岡のデパートに出店していたので、地震、津波にはあわなかったが、家に帰ろうと思っても、すぐには帰れず、3週間後になってしまったそうです。帰ってみると、家も会社も流され、ワカメの在庫もさいたまなどの支社にあるもの以外はすべて流されてしまったそうです。「養殖場は根こそぎ流されたので、次に作れるのは、3年以上かかるだろうな。それに、放射線汚染の問題があるので、もっとかかるかもしれない」とことでした。「それまで何して食べていくの」と聞くと、「そこなんだよな。この仕事以外やったことはないし、在庫が無くなったら、何して良いか分かんないよ」

他に彼の話で印象に残っている一問一答は以下のようなことです。
「関東大震災が囁かれている静岡の人たちにとってもすごいショックみたいだった」
「まぁ、はじめて帰った時はショックだったな。町が全部瓦礫になっていて、どこがどこだか全然分からなかった。平屋の市場の上には、まだ船が乗っているよ。瓦礫をどかすだけだって、相当時間がかかる」
「中古の船や自動車車の値段が上がっているので、再建しようすると、いくら金があっても足りないよ」
「釜石は良い所だから、また住みたいけど、山と海っ辺りしかないから、どこに住んで良いか分からないよ。それに以前は二束三文だった山の土地がすごく値上がりしている」 
こんな時に儲けようとしている人たちはいるもんです。
「農家だって大変だよ。津波をかぶった地域は当然だけど、原発の汚染で、米の作付はできなくなるし、他の作物も作れなくなるし、風評被害もひどいしな」

「今回のことがあって、たばこ、電気を始め、いろんなものを東北の人たちに依存していたことを認識しました」と言うと、「そうだよ。関東に人は、感謝してないよな」

顔見知りのインドレストランをはじめ、トルコ、ドイツなどの屋台もたくさん出ていました。
パキスタンの屋台にいた男に、「オサマ・ビン・ラディンは殺されたといわれているけど、パキスタンにいたんだね」と声をかけると、「あれは、嘘。彼はそんなところにいないよ。アメリカは嘘ばっかり言っている」と言っていました。
確かに、「初めからオサマ・ビン・ラディンという人物はいない」という説もあるし、アメリカは彼の死体写真は公表しないと決定したそうだし、何が真実なのか?です。
プロフィール

はるばる屋 店主

Author:はるばる屋 店主
はじめまして はるばる屋店主です。

大学を卒業して、スイスに山を見に行き、安いというだけの理由で、陸路でアジア経由で日本に帰ってきました。
途中で垣間見た現地の人々の生活や習慣に非常に興味を持ち、

もっといろいろ知りたい

それにはもう一度行かねばならない

そうだアジアに関わる仕事をすれば良い

という三段論法と、

アジアの素晴らしさをもっと他の人にも伝えたい、それにはどうするか?

そうだ!現地に行って商品を買ってきて売る商売をすれば、自分はアジアに行けるし、彼らの文化・技・手のぬくもりを伝えられる。

などと考えて始めたこの商売。
気が付けば、もう30年以上も経ってしまいました。

アフガニスタンで何かあると、「あのおっさんは大丈夫だろうか?」、タイで爆破事件が起きると、「あの場所は、タイに行くと何回も利用する船着場」とか、何時もアジアのことを意識しています。
昨今、ベリーダンス、ヨガなどに人気が出てきました。でも、アメリカ経由の流行という感じもします。まっすぐアジアに興味を持って、好きになってくれる人たちが増えると嬉しいです。

はるばる屋のホームページは、http://www.harubaruya.com/ です。
ネットショップでのお買い物は、こちらからお願いいたします。
BBSでは、アジア関係の催し物の書き込みもご覧いただけます。

よろしくお願いいたします。

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