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アメリカでまたテロ事件が起きてしまった

ベリーダンスの商品を扱っているので、イスラム教徒の人たちとの付き合いがあります。

Saroyanのジルが以前の様に入れらくなってしまったので、他に良いジルが無いかといろいろ探していたら、アメリカに良さそうなジルがあり、サンプルを入れてみたところ、まずまずだったので、少し入れてみました。ジルが品薄のせいかなんとか売れて、再注文のためのメールのやり取りをしていたら、ボストンの事件が起きました。

メールの相手がAliとう名なので、イスラム教徒に違いないと思い、昨日最後に「犯人がイスラム教徒でないと良いな。そうじゃないと、またアメリカでイスラム教の人たちの立場が悪くなってしまうことが心配だ」と書きました。

今日の報道では、動機はまだ明らかではないですが、犯人はイスラム教徒でした。

すると、今日「There aren't a bad religion in the world but there are bad people in all religions」(世界に悪い宗教などは無い。しかし、どんな宗教にも悪い奴がいる)という返事が来ました。まさに同感。

この問題がテーマになっている”My Name Is Khan” というインド映画で、主人公がほとんど同じことを言っています。
だから、今日のメールで、「この映画を観てください」とインド映画の宣伝をしておきました。

でも、最近のインド映画DVDの字幕に英語と並んでアラビア語もあったりするので、インド映画もアラビア語圏でも人気があるのかもしれません。
もしかして、もう観ているかも?

実は、犯人が北朝鮮の人だったらこの日本も巻き込まれて、ひどいことになるかもしれないと心配していました。
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囲われの身

総所帯300ぐらいの団地に住んでいます。道路側から一番小さい7階建ての1号棟、10階建ての2号棟、13階建ての3号棟の順に並んでいます。我が家(部屋?)は3号棟の3階の奥から3番目の部屋。
たぶん3月初めに、「外装、ベランダ、廊下のメンテナンスと塗装工事をします」というお達しがあった。
「綺麗になるのは良いことだ」と単純に考えていたのだが、、、。

まず1号棟の下から作業員が歩けるゴンドラの様な足場が取り付けられ始めた。それが上へ、横に進んでいき、そのうちに上まで到達したところから順に外に物などを落とさないようにだと思いますが、畑で使う寒冷紗のようなものが掛けられた。光を通す率はかなり高い。「これならうちの植物たちも大丈夫だし、中国から黄砂などが飛んで来てもかなり防いでくれかも?」などと希望的観測をしていた。
3月の末ごろには、全体が完全にカバーされました。
そして、同時に「3月中にベランダ、廊下に出ているものは全て部屋の中にしまってください」とのお達しが、、、。

廊下にはそれほどものを出していなかったが、ベランダは大きな植木鉢が3つ、大きな金魚鉢2つ、それに我が家の農園(プランター10個ぐらいと小さな植木鉢にレタス、春菊、エンドウの種を蒔いて、収穫を楽しみしていた)があった。
私がタイにいて不在だったためにカミサンと息子で全てしまってくれた。「部屋がジャングルみたい」との報告を受けていた。それを聞いて、インテリアとして木を置くというのも悪くないと思った。

帰ってきたら、エレベーターには、洗濯可能の階などを書いた表が張られるようになっていた。それを見て、「そろそろ本格的に塗装が始まるんだ」と思いながら部屋に入ると、確かにジャングルのようだったし、よそ見をしていて、床に転がった物干し竿を蹴飛ばしてしまった。我が部屋はプランターがいくつかあり、フリ-スペースはリビングから敷きっぱなしの蒲団までだけ。別に他のところには行く必要が無いのでどうでも良いが、プレッシャーはある。コバエも飛んでいる。
風呂の蓋の上にもプランターがあり、風呂に入れないので、シャワーだけ。

この間、いつの間にか壁やベランダのヒビにパテが塗り籠められたりの遅々とした作業の経過は認めらるが、なかなか塗装が始まらない。

そのうちに工事の予定詳細表が来た。なんと7月までかかるとのこと。
塗装作業は、1号棟の上からだろうから、うちは最後だと観念した。

そして、悲しいことに、完全無農薬でクズ野菜の有機農法で育てようと思っていた我が野菜が、日照の無さと、部屋の中なのであまり水をやれないためか、ほとんど枯れてしまった。細々と残っているのは、何故かエンドウだけ。
これでは、タイで買ってきたコリアンダーの種が蒔けない。「必要な時に必要なだけ採る」という予定だったが、今年は諦めて、ちびっ子農園で蒔いて、種を取り、うちでは来年蒔くことにするしかない。
「どうしてくれるんだい!」ドン。

腰が痛い

我がちびっ子農園は、今月末か来月初めに予定されている(苗の成長具合で前後します)夏野菜(トマト、ナス、キュウリ)の定植のための畝作りの真最中です。
畝は、2週間前に石灰を蒔いて酸性土壌を中和しておいたそれぞれの予定地で畝の位置を決め、縦に長い穴を掘り、その穴に一昨年の暮れに近くの公園からかき集めてきた枯葉を熟成した堆肥、鶏糞(トマトには入れません)、化成肥料を入れ、埋め戻して少し高く土を盛り上げて作ります。作物によって幅が違います。
先週は、トマトの畝を作り、今週はナスの畝を作りました。来週はキュウリの予定です。

実は、そのナスの畝を作り、ついでにトウモロコシも4畝作って種を蒔き、家に帰って午後からの仕事に前に休もうと思い、布団にもぐりこんで眼を瞑りテレビの音を聴きながら横になっていました。そして、寝返りをうったその時、腰のあたりで、何かがはじけた様な気がしました。

その日の午後、翌日の月曜日は「ちょっと調子がおかしい」程度で、動いてもそれほど痛くは無かった。しかし、昨日の火曜日に軽井沢店の開店準備のために朝5時に起きて、池袋からバスで軽井沢に行き、昼食をとってから、8時過ぎまで洋服をハンガーに掛けたりしていました。普通に上体を倒せないので、下の物を取る時は、背筋をまっすぐ伸ばしまま腰を落としてそのものを掴むという具合ではありましたが、、。

数日前に雪が降ったそうで、「避暑地」である軽井沢はやっぱり寒かった。日の出ていた間はひんやりする程度でしたが、陽が落ちてからはしんしんと寒くなってきました。腰にホカロンをあて、ダウンジャケットを着ながらの作業でした。

8時56分発の新幹線に乗ろうと、東京に帰す荷物を小さなキャリーバッグに入れ、コロコロころがしながら、駅まで歩きました。途中にタクシー会社があったのですが、「タクシーに乗るべきか?」などと考えもしませんでした。

新幹線に座ってヤレヤレと思った時、腰が前より悪くなっていました。幸い隣も後ろも席が空いていたので、シートを倒して、腰を伸ばしたりしましたが、直らずでした。
家に辿り着いたのは、11時を過ぎていました。良く働くな。

今朝、店に来る時に自転車に跨って、「サァーッ出発!」という時に、上になっていた左側のペダルに足を乗せようとしたら、あまりの痛さで足を上げることが出来なかった。試しに右をトライしたら、あまり痛くなかったのでなんとか店に辿り着きました。

吉祥寺という街は、新宿、渋谷と比べると人通りが凄く多い地域はとても小さいのですが、その限られた地域は、かなりたくさんの人が歩いています。当店が入っているビルは、最も人通りが多い通りのすぐ横なので、何かの用事で外に出ると、前から来る人、前をゆっくり歩く人などをよけながら歩かないといけません。たまに自転車も来ます。
まっすぐ歩いている時はそれほどではないのですが、方向転換の時に腰が痛む。
「まっすぐ歩け―」、「突然前を横切るな」、「突然止まるな」、「道いっぱいに広がって歩くんじゃねー」「自転車でここを走るんじゃねー」、「自転車は降りて通行(こういうアナウンスがある)したら、横幅が2倍以上になってよけい邪魔なんだよ」、「ウロウロ歩くな」(昔は酔っ払い。今はケータイをやりながら)などなど、普段から気になっていることが、何倍にも気になる。

バンコク買い付け日記 13.03 最終日


どう考えても、持っているタイバーツでは、今日の発送に足りそうもないので、開店前の9時前から両替屋の前に並び、残っていたほとんどに日本円をタイバーツに替えた。
それからいつものコースで、歩いて発送業者のところに行った。心配だった例の注文した商品はまだ来ていなかったので、発送業者が電話をしてもらった。もうすぐここに来るという返事を貰って、箱詰めを始めた。顔見知りの箱詰め係のお兄さんがチャンピョンベルトみたいなものを締めているので、「何?」と聞いてみると、「重たいものを持つから」とのこと。そういえば、重量挙げの選手がその手のベルトを締めている。
「いつ見ても彼らの作業は手際がよいな」と思って見ていると、例の最後の荷物がきた。これで一安心だ。あとは発送業者の事務関係の問題だけになった。土曜日に書類を渡してあったせいか、いつもより早く事務作業が終了して、代金を払い無地終了。お金もなんとか足りた。カードで払うと5%増しになってしまう。
時は10時40分。覚悟した時間より1時間位早かった。これでシャワーを浴びることができる。一度機内で隣の人が汗臭くて寝られないことがあったので、それ以来自分でも常に気を付けています。

ホテルに帰る途中に最後に持ってきてくれた店に寄ったら、マダムはお昼の出勤で、タイ語の先生はお休みだそうで、2人にはサヨナラが言えなかったのが、今回の心残り。

時間の関係で、もう少し何かを買うために遠出は出来なかったので、ホテルに歩いて帰る途中に以前から眼を付けていた物を買いました。他のところでも同じものを売っていたので、値段を聞いたら、150バーツと言われたものが、そこでは前から「100バーツ」という値札が付いていた。「10枚買ったら、いくら?」と聞くと、「1000バーツ」という答え。12枚選んで、「1000バーツ?OK?」と値切ってみるが、「他では200とか150バーツで売っているものだ」と言って、断れてしまった。実際150バーツで売られているのを見て、「100バーツで買えるかも」と思っていたので、しぶしぶ手を打った。

シャワーを浴びて時計を見ると、ちょうどチェエクアウト時間の少し前だった。
「今回は終わり」ということにした。
そういえば、前日昼過ぎにホテルに帰って鍵を貰おうと思ったら、フロントのお姉さんから、「チェックアウト?」と聞かれた。
「今日も泊るぜ」と答えると、予約の書類を出してきて見せてくれた。
予約した日数を数えると、彼女の言うように前日までしか予約していない。
私のみごとな失敗。
「部屋はありますか?」聞いたら、笑いながら、「大丈夫」と言ってくれた。
その時にチェックアウトタイム延長の交渉をしたら、30分しかできないとのこと。

空港には早く着いてしまった。昼食を取っていないのを思い出し、レストラン街をウロウロしたら、日本食屋が多いのと街との値段の違いにびっくりした。意地でも日本色は食べないと決めたら、なかなか旨そうなものが見つからず。困ってしまい、結局、「これも面白かも?」と思い、何の関係もないスパゲティにしてみた。たいして旨くなかった。

チェックインの時に預かってもらうトランクを計量機に載せたら、17kgだった。いつもは20Kgを確実にオーバーするのだが、今回はやっぱり少なかった。
すると、係の人がキャリーバッグを指差し、「それも無料で預かる」と言った。それは身軽になって嬉しいのだが、実はこのバッグには小さくて重いものをまとめていたので、あまり計量されたくなかったのと、機内が寒かった時のために着ようと思っていた下着があったので、一瞬迷った。しかし、有無は言わせぬという言い方だったのでやむなく従った。キャリーバッグを計量機に乗せて、悟られないように横目で見ると、15Kgあった。
「知らないよ。お前が言ったからだからね」と心の中で言ってやった。

出国手続きを済ませ、免税店でたばことタイ産のワインを買って、搭乗券を出すと、「マレーシアに行く人には酒は売れない」ときた。
「俺は、東京に行くんだ。ほら見ろ」と言って、マレーシアから先の搭乗券を出したが、聞き入れてもらえず結局買えなかった。
そして、マレーシアの空港でマレーシア産の酒を買おうと探したが、さすがイスラムの国だけあって全然無かった。お土産はどうしてくれるんだい。

翌朝成田に着いて、バスに乗ろうとして、雨が降る外に出たら、頭と首筋が寒かった。

バンコク買い付け日記 13.03 6日目

朝、バスに乗ってウイークエンドマーケットに行った。運転手は若いアンちゃんで、車掌は愛想の良いおネエちゃんだった。運転席の上だけに扇風機があり、横には冷たいものを入れたアイスボックスがある典型的なバンコクのバスだった。車掌が開いた運転席の横の席に座って、アイスボックスから出した飲み物を飲みながら運転手と談笑するなんていうのもいかにもバンクのバスという感じで大好きです。

いつもは手前でバスを降りるのだが、今日は反対側を見ていたために乗り越してしまった。マーケットまでの距離はこっちの方が近いかもしれないのだが、いつも行く店が遠くなってしまった。このマーケットは、吉祥寺のハモニカ横町を大きくしたようなところで、大きさは数百倍ありそうな気がする。最近増えてきたペット屋、山岳民族物屋、衣料品屋、アクセサリー屋などなどタイ中の商品が集まっている。もちろんクーラーは無い。たまに氷に浸した飲み物を売っている店などがあると、知らん顔をしながら、手で氷を少し握ったりもできる。
中に入って迷ってしまうと、いちど周囲の広い道に出て、知っている建物や店を見つけてそこから再挑戦することになる。しかも行く度に大きくなっているので知らない場所がドンドン増えている。今回は反対側から入ったので、いつも行く店を見つけるのに苦労した。もちろんウロウロしている時にも眼だけはしっかり商品を探していますが、、。
やっと見つけたその店で、少し商品を買った。とにかくシルーバーの値上がりが凄い。山岳民族のもので興味のあるものを見かけたが、もう発送できないし、残金も心配だったので買えなかった。残念。

暑さのためか疲れたので、ホームタウンに戻ることにした。帰りに乗ったバスの運ちゃんも若く、この商売をやっていなかったら暴走族になるしかなかったのではないかと思われる運転だった。
とにかく飛ばすし、バス停なんかあまり気にしない(降りる人がいない時は、止まらない)、平気で割り込みをする。日本だったら、即クビだろうな。

そういえば、昔パキスタンで一番前に座った時は怖かった。とにかく飛ばすし、追い抜く時には平気で反対車線に入り、対向車の直前で戻ったりした。少しウトウトしたかったが全然できなかった。

バスを大きなスーパーの前で降り、4階の食堂街に行き、今回まだ一度も食べていなかったタイスキを食べた。昔は大丈夫だったのですが、だんだん辛いものが食べらくなってきた(腹が興奮して寝付けない)ので、以前タイスキ屋で、子ども用のタレを頼んだら、店員のネエチャンに大笑いされたことがあるので、今回は何も言わないことにして、鍋のスープ薄めることにした。
エビやカニのすり身を固めたものがとにかく旨い。野菜もたくさん食べた。満足。

下のスーパーに行き、エビセンだの日本と同じものがあったり、肉などの売り方は日本の様にチマチマ売っていなかったり、タイ独特の調味料の種類がたくさんあったり、売っているものを眺めて楽しんだ。

ホテルに帰り、去年少し手伝ってもらったバンコク在住の日本人ベリーダンサーとのお食事会のために身体を洗い、迎えに来てれるという約束の時間にロビーに降りていくと、もう日本人の若い男性と一緒に来て待っていてくれた。
彼の運転する車に乗ってレストランに行き、あまり辛くないタイ料理(少し辛味を減らしてもらった)を食べながら、ベリーダンスのこと、彼とはお互いの仕事のことなどを話しながら、しばし今回の仕事のことを忘れて楽しい時を過ごしました。

少し酔っていたこともあり、彼にホテルまで送ってもらってからは外出をしないで、明日は時間が無いだろうと思い、トランクのパッキングをした。少しスペースが余っていたので、明日お金が余ったら、何を買おうかと考えながら、おとなしく就寝。

バンコク買い付け日記 13.03 5日目

昨夜もバスタオル1枚で寝たので、グッスリ寝られた。
バンコクに来て突然暑くなったのと、体調不良もあり、クーラーを使わないと寝られないのではないかと思ったが、東京でもそうしているように機械などに頼らないで、窓から入る自然の風(トイレのドアを開け、中の換気扇は回していたが)で十分だったのだ。これも反省。

さて、注文していた衣料品が店に届いているかどうか心配で、途中で昨日気になったものをゲットしながら急いで(歩いてでは、そんなに急いでいる感じは無いかも?)いつもの店に行ってみた。
残念ながら、まだ届いていなくて、3時になってしまうとのこと。3時というのは発送業者が閉まる時間で、以降の作業は出来ない。ということは、「全ては月曜日の午前中」ということになってしまった。
それらを送らないと来た意味が無いので、それを待って送るしかないと、今日の発送は諦めて月曜日の午前中にかけることにした。何かその前に出来ることはないかと考えて、発送業者に書類作りを今日から始めてもらえば、時間が短縮できると思いついた。
そこで発送業者に行き、事情を話して、それまでに買って、そこに集めた商品の明細書を渡して、今から書類作りを始めてくれるように頼んだ。

とりあえず腹ごしらえをしようと思い、昨日行った世界の料理を食べられるという場所に行き、飲茶風のシューマイなどを食べた。意外に高かったのと旨いコーヒーをまた飲んだため、100バーツを超えてしまった。

もう手で持ち帰るものしか買えないので、あまり大きなものや重い物はダメなので、小さなもの、軽いものを探しにまた街に出た。と言ってもホテルまで歩いて帰る途中(少し大周りをしたりはするが)に、たくさんの店があり、今まで気になったものをもう一度検討しよう、まだ行っていなかったビルもあったと思い、ホテルまでブラブラ歩いて帰った。
途中で、重いけど小さいものを少し買い、明日のクソ暑いウイークエンドマーケットに行くために汗拭きタオルを買ったりもしました。

バンコクは信号がほとんどない。「当局が信号を付けると交通渋滞がもっと深刻になると考えているではないか?」と思っています。バンコクで信号が無いいつも車が走っている道を渡る時は、基本的に車が信号で止まっている時にそれらの車をぬって渡るのと歩道橋の2つの方法があります。ホテルと僕が主に活動する範囲(バスやボートで行かない)は四つ角の対角にあります。だから、大きな道を2階渡らなくてはいけません。ホテルから行く時は、まず信号待ちの車の横を渡り、クーラーの効いたファッションビルの2階にエレベーターで上がり、そこに繋がった歩道橋を通ります。この歩道橋は帰りには自力で登らないといけないので、帰りは違うビルの2階(ここももちろんエスカレーターとクーラーがある)と繋がった歩道橋を通ります。暑いので、なるべく体力の消耗を防ぐためです。慣れない旅行者にとっては道を渡るのも大変かも?

ホテルに帰りトイレで座って(そういえば、これまでホテルに帰るといつもトイレに座っていた)、貴重品を置いて、またマッサージ屋といつもの屋台に行った。マッサージ屋はその辺で一番安いし、技術もそれほどひどくないのでOKだけど、いつも同じ屋台というのはどうかな?とたまに自分で思うこともあります。しかし、そこの味と従業員が悪くないし、屋台なので料理の数も多くないので、メニューの全てを制覇というのも面白いと思ったりします。今日が最後だったけど、3つ残してしまった。今度行った時に彼らがいたら、メニューの残りに挑戦してみようと思います。
帰りがけに「明日も来るかい?」と聞かれたので、「明日は友人と約束があって、明後日の午後に帰る」と伝えると、寂そうな顔をしていた(気がした)。

バンコク買い付け日記 13.03 4日目


良く寝られたので、少し体調が戻ってきた気がした。

朝食を取りながら日程を考えたら、日曜日は発送業者が休みなので、土曜日(つまり明日)の午前中に発送する商品を業者のところに集めて、午後3時までに書類を作ってもらって、箱に詰めての、発送作業を終らせないと面倒ななことになるということに気が付いた。(遅いな)
つまり、月曜日の午後に発つので、その日は午前中しか動けない。発送作業が午前中に済めば良いけど、さもなければ、、、、という不安があるのだ。
そして、土曜日に発送作業が済めば、日曜日にウイークエンドマーケットに行って、街で買えなかったものを買い足して、自分で持ち帰ることにして、月曜日の朝にトランクに詰めて、まだスペースとお金の余裕があったら、軽いものを買いたすという計画を立てた。

今回は、安いチケットを探すことに必死になったために、月曜日にバンコクを離れるということを全然気が付かないで、チケットを買ってしまった。深く反省。

そう決まれば、気になったものを今日中に買い込まなければいけないのと、発送業者に行く途中の2軒の店で眼を付けていた商品を買い、今日中に届けてくれるように頼み、注文したが在庫が無くこれから染めると言っていた絶対欲しい商品が間に合うかどうかを聞きにおばさんのところに行くと、「まだ出来ていない。明日の午後ならなんとかなるだろう」とのこと。「午後だと間に合わないので、何とか午前中にしてくれ」と頼むが、はっきりしない。少々不安。

今度は発送業者のところに行き、事情を話したら、「月曜日に朝に全て揃っていれば、なんとかなる」という返事がもらえた。そこで、「最悪、ホテルの12時というチェックアウトタイムをオーバーしたら、少しお金を払えばいいや」と決心する。

昼食を食べようと、近くのホテルのショッピングセンター上の食堂街の世界の料理というところに行った。チケット買い、いろいろ物色していたら、日本のラーメンだとかカツ丼などもあった。以前から日本のラーメン屋は、タイ(特にバンコク)ではいろいろのところにあったが、オーナーはタイ人なのか日本人なのか知らないが、なんだか今年は、日本食屋をよく見かける。結局日本であまり食べるチャンスが無いイランのカバブを食べてみた。以前イランに行って時には貧乏で食べられなかったというトラウマが今もあるらしい。味は、たいして旨くなかったが、値段が安いので、文句は言えない。
食後に飲んだ、愛想の良いお姉さんが作ってくれたコーヒーが旨かった。また100ルピーでお釣りがきた。

それから、これも是非とも買いたい商品を買いに昨日休んでいたインド人街の店に行った。今日は開いていて、希望通りではないが、なんとか良いものを見つけることができた。その辺を少しウロウロして、仲の良いインド人夫婦がやっているアクセサリー屋やインドの神像屋で少し買物をした。インドでの値段を大体知っているので、素直にお金を払う気がしなくて、必死に値下げ交渉するが、輸入する時の経費なども分かるので、まずまずのところで妥協した。

それらをまた発送業者のところに持って行き、帰りにファッションビルに寄り、シルバー屋を冷やかしてりしてから、アフガン人の店でベリーダンスのお客さんが欲しがっていたアフガンのコインを買ったつもりだったが、パキスタンのものも混じっていた。少し失敗。

ホテルに帰り、シャワーを浴びて貴重品を置いて、またマッサージ屋に行き、2時間耐えたて、屋台の食堂といういつもの夜のフルコース。

ホテルでゆっくり風呂につかり、洗いながら手足を見ると、来る前は寸胴だった太腿や腕の筋肉の形が分かるようになった。寒さで縮んでいた筋肉が、暑さとマッサージでほぐれて来たのかもしれない。必死に耐えた甲斐があった。

送金が、こんなに大変な時代になってしまったんだ

さっき、20数万円を送金してきました。送金先の銀行との取引が無かったけど、その口座のある支店がすぐ近くだったので、送金手数料は安いだろうと思い、現金を持って行きました。

初めATMで送ろうと思ったら、「現金は10万円まで」との表示が出た。仕方が無いので、窓口用の用紙を書いて、しばらく待っていた。こちらの番になり、窓口に行くと、「身分証明書を見せてくれ、この書類を書いてくれ」と言われ、その通りにして、またベンチに座った。ふと前を見ると、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」というものがあり、振り込め詐欺、投資詐欺、偽り詐欺防止のためにこの手順の手続きをしないといけないらしい。

おまけに手数料は525円。これだったら他銀行の自分の口座に入金して、そこから送金した方が簡単だった。送金手数料がいくらかは良く知らないが。少なくても、気分は悪くならなかったし、時間もずっと早かった。

そんなにヒマではないし、書類書きが面倒だったので、なんとなくイライラしたが、銀行の人にとっては、「規則」だから仕方が無いのでしょう。
この怒りはどこに持っていけばよいのか?と考えたら、当たり前だが、策を弄して他人から金をだまし取ろうとする奴らが行けないのだ。

「オメーラのために送金がこんなに面倒になったのだ!」と声を大にして言いたい。
騙すのも説得能力の一つだとは思うが、まっとうな商売で使えば法に触れることもないと思うのだが、、、、。
うちで雇えば、うちももう少し売れるかもしれない。でも、そんな余裕はない。

バンコク買い付け日記 13.03 3日目

「今日も眠いな。寝方を考えないといけない」と思いながら、朝食を取った。今日もスイカは無かった。
何故か「禁煙」のホテル(内緒の話だが、どうしても我慢できなくなると、トイレの換気扇の下でこっそり吸っている)だったので、入り口外の喫煙所(と言っても灰皿があるだけ)で、たばこを吸いながら、何をしようかと考えて、昨日気になった商品を手始めに買ってしまうことにした。

昨日と同じようにボートに乗り、同じビルに行き、数件の店で商品をダァーと選んで、「ここに送っておいてくれ」と頼んで、発送業者の名刺を渡した。

またバス停に行き、中華街行きのバスを待つために椅子に座っていると、お坊さんが来て隣に座った。やがてバスが来ると、お坊さんの指定席である入口のすぐ後ろの席におばさんが座っていた。彼女はそのお坊さんの姿を見るとすぐに席を立って、後ろの席に移った。「さすがタイ」と思って後から乗り込むと、その席に座ったお坊さんが、隣に座れと手招きしたので、隣に座った。「何か話しかけられたどうしよう。このお坊さんが英語で話しかけてくれたら良いな」などと思っていたら、話しかけてこないで、すぐ降りてしまった。ホッとした気持ちと、残念という気持ちと、少々複雑だった。
中華街に行き、昨日気になった商品を買い集め、インド人街まで歩いて行った。途中面白いものがあったので、それもゲット。

インド人街のお目当ての店に行ったら、何故か閉まっていたので、他に何かないかとブラブラしてみた。何軒かの店で話してみたら、意外にもネパール人などもいた。静かに進出しているようです。久し振りにヒンディー語、ネパール語を話せて、忘れていた単語が少しだけよみがえってきました。
買ったものが意外に重かったので、一度ホテルに帰る必要があり、時間が無いのでタクシーにしようとしたが、何台ものタクシーに乗車拒否されてしまった。そうしたいと思う事情を知っているので、文句も言えない。
ホテルに帰る途中で、例の近くの大きなスーパーの4階の食堂街で、食券替わりの100バーツ(約300円)のカードを買って(借りて?)大好きな肉入り麺を食べて、紅茶を飲んでいたら、寒さのためにまた腹がグゥーとなってきた。テラスの様にクーラーの効いていないところを見つけ、そこに移った。カードの残金がまだあったので、現金に換えてもらった。(しっかりしていますな)

その後毎回行く店に日本から持ってきたお菓子の土産を取りにホテルに帰って、それを持って行ったら、店主のマダムは不在で、大番頭とも言えるおばさんが喜んでくれた。このおばさんは、いつも忙しいマダムの替わりに相手になってくれます。あまり英語を話せないので、こちらが本を見ながら、必死に話すタイ語に耳を傾けて、発音などが悪いと直してくれるタイ語の先生の様な人です。彼女に注文するもののリストを渡して用意してもらうことにして、新しい商品を出してもらい少し選んだ。
近くに大きなサイズのTシャツを売る店があるので、息子のために買いに行った。「これは大きすぎるかも?でも、大きい分には良いだろう」と思って買った4LのTシャツは、帰ってから着せてみると、ピチピチだった。以前、新宿を歩いていた時に、若いお相撲さんに「どこの部屋ですか?」と聞かれたらしい。
発送会社が近くにあったので、顔を出して名刺を貰って来た。それから、日本へのメールを書きにインターネット屋に行った。日本の様なインターネットカフェではなく、ただPCがズラーッと並んでいるだけ。以前イラン人がたくさんいたが、今回は全然いない。ガキは昼間から、ゲームをやっていた。

その先にアクセサリーなどいろいろ売っている店が何軒かあることを思い出し、そこに行ってまた物色した。発送終了後の残金次第で量が変わるが、一応買うものを決めた。けっこう近場で済ましています。
帰りにまだチェックしていなかったファッションビルを2軒ブラブラしてからホテルに帰り、貴重品を部屋に置いてからまたマッサージ屋に行った。以前、隣の部屋に入った現地にオヤジさん(姿を見たわけではないが、声の感じで)が、マッサージが始まって少し経ったら、イビキをかき始めたことがあります。それを聞いて、こんなに痛くて必死に耐えないといけないのに、何で寝られるのか疑問だったともに、自分もいつかそうなりたいと願っているが、いつも必死に耐えています。痛くないように軽くしてもらうと効果が無いような気がするので、痛くても「ウっ」と声を上げる程度で、「痛いか?」と聞かれると、「少しだけ」と答えることにしているが、本当は結構痛い。友人の1人は、「あんなに痛いのは、もう2度と行かない」と言っています。
マッサージの後、夕食を食べにまた昨日の屋台に行った。今日は、時間が早かったのか、昨日店の前に座っていたところ店がまだ営業をしていた。仕方が無いので、道路側に座って食べた。食べている時に例のお兄さんが、移動屋台を押してきたインド人風の男を止めて、注文をしていた。少し遠かったので、良く見えなかったが、鉄板に油をひき、そこに小麦粉を水に溶いたようなものを落とし、何かをその上に置いていた。やがてそのお兄さんが出来上がったものを持って前を通ったので、覗き込みながら、「それは何?」と聞いてみると「なんとかロティーだ」という。ロティーというのはインドでパンを意味するけど何だろうと思っていたら、「自分のおやつだ」と言って、少し分けてくれた。食べてみると、厚手のクレープにバナナとミルクの入ったものだった。甘くて旨かった。夜になると、少し行った角でいつも店を出しているということだったので、機会があったら、行ってみたいと思いました。インド人も頑張っています。

道路を見ていても面白くないので、歩道を歩く人を見ていたが、何故か店主は外を向いているのに、店の中のテレビがこっちを向いている。こっちから見ると、通行人、店主、テレビという順。テレビの歌番組を見ながらの夕食となった。今回は、30cmぐらいの魚の丸焼(名前は分からない)とチャーハン。
ホテルに帰り、今日こそはちゃんと寝ようと思い、窓を少し開け(幸い大通りから離れているので、煩いトゥクトゥクの音が殆ど入ってこない)、クーラーを最小にして、ベッドの毛布の上でバスタオルをかけて寝てみた。これが成功だった。

バンコク買い付け日記 13.03 2日目の2

大通りに出て、日に当たったら、太陽の暑さを頭のてっぺんで直接感じるようになっていました。でも、モワーッとした暑さよりはこの方が自然で良いし、襟のあたりには涼しい風が通るようになりました。
普通ならば、ここから歩いて15~20分ぐらいのインド人街まで足を延ばして、インド商品を物色するのですが、体調が万全ではなかったので、一旦ホテルに帰ることにしました。
バス停で待っていると、如何にも「夜のご商売」という感じのお姉さんが3人、横町から出てきて、夜はまだまだなのに入口にたむろし始めました。まだしけ込む人はいないだろうと思いながら、知らん顔しながらも気にしていましたが、僕がバスに乗るまで、結局お客さんは現れなかった。
それにしても他のバスはドンドン来るのに、僕が乗るバスがなかなか来なかった。同じように待っていた中年のカップルがいたので、もしかして同じバスに乗るのかと思って、「○○番のバスはここに来るのか?」と聞いてみた。すると、「どこに行くのか?」と聞くので、目的地を告げると、「ここで良いけど、なかなか来ないな」とのこと。その言葉を聞いて安心した。そのままもう少し待っていると、やっと来たので、乗りこんだが、そのカップルは乗ってこなかった。ということは、もう1路線のバスもなかなか来ないようだ。とにかくバンコクのバスはどうなっているのか?来る時は立て続けに来たり、なかなか来なかったり、全く当てにならない。
それから交通渋滞も半端ではない。そのバスに乗ったのは良いが、途中から渋滞で歩行者にドンドン抜かれてしまった。東京などでは、一度抜かれても抜き返すが、バンコクはそのまま行かれてしまう。これではタクシーなどに乗車拒否されるもうなずける。歩いたら1時間強で行ける距離(歩かないですが)をバスを待つ時間を入れて、2時間近くかかってしまった。
なんとかホテルにたどり着いて、シャワーを浴びて身体を拭きながら頭を見たら、前回と同じ坊主に見えた。髪の毛を触ってみると、天頂よりも横との境目が少し長いので、「角刈りだろう」と自分で納得させた。
ベッドで横になり少し休んだら、もう時間が無くなってきたので、近くのファッションビルに品定めに行き、その後これも近くの大きなスーパーに早めだがお土産用の買物に行った。と言っても、ビアシン(日本では、シンハービアーと呼ばれているが、土地の人たちはこう呼ぶ)とつまみ類いろいろだけですが、、、。
その土産類をホテルに置き、さて、そろそろ頃合いは良いかと、これもすぐ近くのマッサージ屋に行く。吉祥寺で、「業界最安値、1時間2,980円!」と宣伝しているところがあるが、バンコクで僕の行くところは、2時間で、1,000円弱。これだけ違うと、日本ではマッサージ屋に行けない。

2時間後、いつもはマッサージの後にそこの入口にあるレストランで夕食を取るのだが、時間が遅いということで断られてしまった。仕方が無いので、少し先の大通りの現地の人たちでいつも混んでいる食堂に行ったが、ここは一杯でダメ。後ろを見ると、道路の端にテーブルと椅子を置いた屋台があり、人の良さそうなお兄さんがいて「チャーハンもあるよ」と言うので、そこに決めた。テーブルに座ると、メニューを持ってきてくれたので、とりあえずビアシンを頼んで、メニューを見ていると、「これが旨い」とばかりに、ハマグリに似た貝の料理の写真を指差すので、それと蟹チャーハンを注文する。ビアシンを飲みながら、道路を歩く人たちを眺めているのも、意外に楽しい。白人親子が恐れたような眼をして通ったりしていた。
チャーハンが先に来て、後から貝料理(と言っても、お情け程度の野菜が一緒に炒めてあるだけ)が来た。味はまずまずだったが、半分近くの貝が開いていない。開いているものだけ食べてから、お兄さんを呼んで、「どうやってこの開いていない貝を食べるのだ?」と聞くと、もう1回炒めてくれた。しかし全部は開かなかった。お兄さんは恐縮しながら、「これは新しい貝なんだけど、、、、」などと言い訳したので、「OK。OK」と言って、器の大きさを見せて、お金を払ってホテルに帰り、静かに寝ようとしたのですが、まだ温度調節が上手く出来なくて、また暑くて何度も起きてしまった。

バンコク買い付け日記 13.03 2日目の1

頭がボォーっとしていたけど、「仕事に来たんだ!」と必死に起きて、朝食をとりにレストランに行く。大体僕が泊る朝食付きのバンコクの中の下クラスのホテルの朝食は、ジュース2、3種、トースト、卵料理2.3種、ソーセージ、コーヒー、紅茶、野菜の炒め物3.4種、お粥、サラダとデザートの果物(スイカ、パイナップル、パパイヤ)が定番です。
しかし、サラダとスイカが無い!スイカの替わりに肉厚のピーワンの縦切りの様なものしかなかった。試しに食べてみたが、旨いものではなかった。他の果物も普段と比べて旨くなかったので、これも本当はもっと旨いものかもしれないが、2度と口にしませんでした。(6日間の滞在中一度だけスイカが出ました。旨かった)

すぐ後ろにある両替屋で両替を済ませ、近くの船着き場に行き、乗合ボートに乗りました。このボートは、渋滞の心配が無いし、涼しいのが利点で、水嵩が多い時には、屋根がお辞儀する様に低くなったり、対向船が来ると水しぶきが上がるので、横に付いている水避けビニールを上げたりするのも楽しい。だけど、乗客が我先にと乗り降りするので、その時だけは緊張します。
以前豪雨の後に乗ったら、道路にあった諸々のゴミなどが流れ込んだらしく、水は汚く、ペットボトルやビニール袋がプカプカ浮いていました。

ボートで行ったのは、地下1階から地上5階までが衣料品の問屋という巨大マーケットで、必ず顔を出すのは、このうちに数件なのですが、それらの店に行く途中にブラブラいろいろ見て歩くのも、今年の流行の傾向(うちとは関係ないですが)が分かったり、楽しいものです。いつもの店で、新しく魅力的なものを見つけたり、今後の買物計画を立てるためにとても参考になります。

一応ビル内を一回りして、今回買う物をある程度決めてから、そのマーケットの前を唯一通るバスで、中華街に行き、小さな店がひしめき合う小さな横町を歩きながら商品を物色していたら、頭が暑くて仕方が無くなり、床屋に行く決心をしました。
その前に腹ごしらえをしようと、その中華街でいつも行くレストランで遅い昼食をとったのですが、そこは非常に興味深いところです。位置的には、中華街のど真ん中の場所のビルの2階で、1階はスーパーやマクドナルドなどが入っていて華やかですが、そこから上がるエスカレーターがいつも止まっていて、知っている人しか上がっていかないと思えます。
階段を上ると、テ―ブルが並び、「どこどこ産の何茶」と書いたガラスの筒が並び、中国の老人たちが前の椅子に座ってお茶を飲み、店のアネさんと話に花を咲かせています。奥には、カラオケ屋があり、中国の古い歌を老人たちが歌っています。周囲には、マッサージ屋が何軒かあり、例の中華料理屋はその一角にあります。
ここは中国系老人たちが故郷にいるように過ごす憩いの場なのだと思います。
そういえば、このビルの横の道にはニワトリ屋(鶏肉屋ではなく)があったのですが、いつぞやの鳥インフルエンザ騒ぎの後に無くなりました。そこでバラしていたようで、そこを通る時はいつも異様な臭いがして、ハエがいっぱいいました。

昼食をとり、さて散髪しようとさっきと違う階段を下りると、床屋があった。入ろうとすると、髪を刈っていた人がこっちを見て、手で静止して、椅子に座って待っている人を指差した。「待っている人がいるから遅くなるよ」という意味だろうと解釈して外に出ると、バイクタクシーがいたので、運転手に「床屋を知らないか?」と尋ねると、「ここから4kmで、タクシー代が40バーツ(約120円)」と言う。聞いた相手が悪かった。
そう少し先に行くと、道路に出したイスに座っているおばあさんがいたので、身振り手振りで聞いてみた。すると、「この先を左に曲がり、また左に曲がるとあるよ。ちょうどこの裏ぐらい」(これはあくまでも想像)と手振りで教えてくれた。教えてもらった通りに行くと、床屋があった。早速入って、雑誌を見せてもらった。前回は、メガネをはずした後で、坊主を選んでしまったので、今回はメガネをはずす前に「角がり」を選んでから椅子に座った。中国系のおばさんは、ハサミを一切使わないで、バリカンと櫛だけで「角がり」を仕上げてしまった。頭を洗ってもらった後、「耳がどうかい?」と仕草で聞かれたけど、断って支払いをする。約500円弱。前回のところの半分ぐらいだった。
バス停に行く途中だったので、さっきのお婆さんのところに立ち寄ると、「終わったね」と言って、眼を細めてくれた。こういう触れ合いが楽しい。

バンコク買い付け日記 13.03-1日目

バンコクに出発する日の朝、5時前に起きて朝食をとりながらテレビをみていたら、天気予報で、「ただ今の東京の気温は5.4度です」と言っていた。「何だ、真冬の気温ではないか。これから暑いところに行くので、厚着はしていきたくないな」と思っていたら、今度は、世界の天気予報になり、「バンコクの最低気温は30度、最高気温は35度」だそうです。
別にバンコクだけで移動はしないので、荷物が多くてもどうでもないとは思ったが、エコノミークラス20Kg制限(少々のオーバーは大丈夫だが)ということも考えると、やっぱり減らさないといけないので、下着を増やすことで、分厚いダウンは止めた。
駅までのバス停と駅での成田行きのバスの待ち時間はやっぱり寒かったです。
おまけに気温の急激な上下に着るものの選択を間違え、2.3日前から風邪をひいてしまい、それが腹に来ていて、少し身体(特に二の腕のあたりと足)が冷えると腹がギューと締め付けられるような感じで体調が良くなかった。「暖かいところに行けば直るだろう」と単純に考えていたが、最後まで続くとは予想もしませんでした。旨いものを旨いと感じられず、参ったのでした。

マレーシアのクアラルンプール行きの飛行機に乗り、席に着くと、隣は一人で5回目のインドに行くという日本女性(歳は知らない。子どもが一人前になったそうです)でした。NOPを立ち上げ、子どもたちに英語を教えたりしているそうです。安く教えるので、今は無きNOVAからクレームを付けられたこともあったそうです。
インドの話、語学の話等に花が咲き、バンコクを地図上で右に見て通り越しての7時間の飛行はあっという間でした。

乗継時間が1時間しかなかったのに、乗って行った飛行機が少し遅れたので、焦りに焦り初めての空港を味わうことなく、バンコク行きに乗り換えた。この時は、多めに来た下着が暑かった。そしてかいた汗が、飛行機が飛び立つと冷えてきて、腹がグーッとなってきたので必死にこらえた。

約2時間後バンコクに降り立ち、約10時間の養鶏場のニワトリ状態から解放されました。
ホテルに着いたのは、10時を過ぎていたので、途中食べきれなくて残しておいたおにぎりを食べておとなしく寝ようとしたのですが、クーラーをかけると冷気の風が当たり、また腹がグーとなり、止めると暑くて寝られない。風と温度調節を一番弱くして寝たら、夜中に汗をかいて起きてしまい、着替えたりして大変な夜を過ごしました。
プロフィール

はるばる屋 店主

Author:はるばる屋 店主
はじめまして はるばる屋店主です。

大学を卒業して、スイスに山を見に行き、安いというだけの理由で、陸路でアジア経由で日本に帰ってきました。
途中で垣間見た現地の人々の生活や習慣に非常に興味を持ち、

もっといろいろ知りたい

それにはもう一度行かねばならない

そうだアジアに関わる仕事をすれば良い

という三段論法と、

アジアの素晴らしさをもっと他の人にも伝えたい、それにはどうするか?

そうだ!現地に行って商品を買ってきて売る商売をすれば、自分はアジアに行けるし、彼らの文化・技・手のぬくもりを伝えられる。

などと考えて始めたこの商売。
気が付けば、もう30年以上も経ってしまいました。

アフガニスタンで何かあると、「あのおっさんは大丈夫だろうか?」、タイで爆破事件が起きると、「あの場所は、タイに行くと何回も利用する船着場」とか、何時もアジアのことを意識しています。
昨今、ベリーダンス、ヨガなどに人気が出てきました。でも、アメリカ経由の流行という感じもします。まっすぐアジアに興味を持って、好きになってくれる人たちが増えると嬉しいです。

はるばる屋のホームページは、http://www.harubaruya.com/ です。
ネットショップでのお買い物は、こちらからお願いいたします。
BBSでは、アジア関係の催し物の書き込みもご覧いただけます。

よろしくお願いいたします。

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