ネパールでの飛行機事故

テレビでこのニュースの写真を観て、ネパールのどこだろうと思って詳しいニュースをネットで調べてみると、「世界で最も危険な空港の一つ」と呼ばれるヒマラヤ山中のジョムトン空港で、28人乗りの小型旅客機が着地時にオーバーランをして川に落ちてしまい、乗客の日本人8人のうち5人が怪我をした。うち1人は頭を強く打つなどの重傷だという。
約40年前にトレッキングで行ったことのあるジョムトンという地名を久し振りに聞き、非常に懐かしく思いました。

ヨーロッパから日本に帰る途中に憧れのネパールに辿り着き、ヨーロッパアルプスよりもっと雄大な山々を眺め、山頂に登ることは到底不可能だが、山の中に入ってヒマラヤをもっと味わいたいと思っていたら、トレッキングといって山中の村々を廻るコースがいくつかあるという情報を得た。「行きたいところのチェックポイントの地名を書き込み、イミグレに申請してOKが出れば行けるし、途中には泊るところのある」とのことだった。一番簡単そうなところを選んで行ってみることにした。そこの最終地点がジョムトンだった。

一緒にいた仲間を誘って3人で行くことになり、ポカラ向かった。途中豪雨にみまわれ、大きな霰が降ってきた。5つ前の席の窓ガラスにヒビが入ったのには驚いた。
ポカラに着き宿泊所(ホテルとはよべない)に泊ると、帰ってきた人たちに会い情報を貰った。「今街道は米が不足しているので、米を持って行った方が良い」と聞き、ポカラの街で米を買い、トラックの荷台に乗って登り口まで行って、ジョムトンに向かった。
なだらかな道を少しずつ登り、だんだん高度を上げていく。2、3時間ぐらい歩くと小さな村があり、道を間違えしなければ、問題が無いことを知った。まぁ、しっかりとした道が付いているので、ガスにまかれたりしなければ、間違えようもないが。そして夕方になったら、村を見つけてそこで泊れば良いという気楽さ。ある日、ある村の手前で昼食の飯でも炊こうと枯れ木を集めていたらニワトリがいたので、石を投げたら「コケッ」と声を発しながらある家に入ったので、その家に行き、前日泊った家で教えてもらった「卵」という言葉を言ったら、見事通じて、卵を買うことができた。気楽なものです。
途中4日目に富士山より高い峠を越え1500mmほど下りると、タト(暖かい)・パニ(水)というところに着いた。そこは温泉が出るところだった。帰りにそこでゆっくりすることにして、先に進んだ。そこからは大きな河原を歩いたが、横から入ってくる沢(川)を渡るのに2時間ぐらいかかったりして、スケールがとてつもなく大きい。タトパニから2日ぐらいのところまで行くと白人がとんかちで小さな石を割っていた。何していのか聞いてみたら、知らない単語が帰ってきた。これはみてみないと分からにと思い近寄ってみると、アンモナイトの化石を採集していたのだ、「黒い石の中にある」と聞いて、トライしてみた。この黒い石が硬くて、割ろうと思ってぶつけたこちらの石が壊れたり、胴のところで半分割れてしまったり、なかなか上手くいかなかったので、それから半日ぐらい石を割っていた。
やがて最終地点のジョムトンに到着。チンタラ歩いて7日目だった。もちろん空港などは無かった。
これ以上先は、許可が下りなかったが、その先はムスタン王国(その頃はネパールの自治領で、今はネパールに併合されたそうです。ウィキペディア調べ)ということだった。大きな河原で、そのムスタンを思い描いていたら、その方向から馬に乗ったおっさんが颯爽とやって来て、そこに1軒だけあった何でも屋に立ち寄ったので、面白がって後からその店に入った。「ムスタン?」と聞いてみると、「ウン、お前は?」と聞くので、「日本人」と答えると、「お前のそのベルトとこれと換えてくれ」と言って、ヒョウの様な毛皮を差し出した。ベルトが無くなるのは困るけど、これは良い土産になると思い、その店にあったネパール独特の織った紐をプラスしてもらい交換した。
帰りのタトパニで3日ゆっくりした。温泉にでも入ろうかと思い温泉のあるというに河原に下りていくと、女の人たちに「キャー」と言われてしまった。(後で村に人に聞いてみると、男時間と女時間が決まっていたそうです)
仕方が無いので、少し場所を移動して身体を横にして入る分だけ自分で掘って暖まりながら空を眺めた。気分は最高だった。
すると目線の端に何か動くものが見えた。なんだろうと思いそっちに眼をやると、なんと猿が10匹ぐらいいた。突然だったので驚いて、何故か前を手で隠していた。それが面白くて、大笑いしてしまった。

ポカラに帰り着き、宿泊所の庭で友たちがシュラフを開くと、ノミが何匹もとび跳ねた。僕も久しぶりに洗濯した上着を着る前に内側を見ると、何かの卵がびっしりと付いていた。そこの女の人に見せると、「虱」だと教えてくれたが、それからは、シラミ男と呼ばれてしまった。

それから、運動靴が無かったので、カトマンズで僕は一番安いインド製、もう一人は少し奮発して中国製を買って履いて行った。僕の靴はポカラに着いた時は足の指が見えていた。どうも指が痛いと思っていたのだ。中国製は大丈夫だった。「安物買いの銭失い」という言葉を思い出した。
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今年は野菜がおかしい

例年ならば、4月初めには花が咲かないノラボウが、5月初めの今は「満開」という感じになっています。今年はいつもより収穫期間が短くなりそうです。
そして、4月には枝をドンドン伸ばす時期で、花は咲さないスナップエンドウが花が咲かせ始め、4月半ば過ぎから収穫できるようになりました。例年は5月に2週間、長くても3週間のみの収穫がですが、今年はもう少し長く収穫できそうです。

先日買ってきて定植した夏野菜のナス、トマト、キュウリの苗は順調に育っていました。

その原因を自分なりに想像してみました。
今年は太陽の光は順調に暖かくなってきた気がしますが、少し暖かくなったきたかと思うと、また寒い風が吹きます。4、5日前にも軽井沢で雪が降りました。
「上空に北からの寒気が居座っていて、それが日本列島に下りてきて、、、、」と天気予報を聞くと解説されています。

それを聞いている人間は、小難しいメカニズムは分からなくても、「一時的に寒い風が吹くけど、これから暖かくなるんだ」と理解できますが、それを聞いていない野菜たちは、「暖かくなると思って芽を出したけど、季節を間違えたかもしれない。一刻も早く花を咲かせて、種を作って次世代に繋げよう」と、本能的に成長を速めているのではないかと想像しています。

真実は、野菜に聞いてみなくては分かりませんが、、、、。

ビニールで囲われた温室育ちの夏野菜の苗たちは、暖かい太陽の暖かさのみで育てられ、世間の冷たい風にはまだ当たっていなかったので、順調だったのでしょう。
苗を定植してすぐにビニールトンネルを掛けたので、まだ温室状態ですが、ビニールをとった後にまた寒い風が吹かないように願っています。
プロフィール

はるばる屋 店主

Author:はるばる屋 店主
はじめまして はるばる屋店主です。

大学を卒業して、スイスに山を見に行き、安いというだけの理由で、陸路でアジア経由で日本に帰ってきました。
途中で垣間見た現地の人々の生活や習慣に非常に興味を持ち、

もっといろいろ知りたい

それにはもう一度行かねばならない

そうだアジアに関わる仕事をすれば良い

という三段論法と、

アジアの素晴らしさをもっと他の人にも伝えたい、それにはどうするか?

そうだ!現地に行って商品を買ってきて売る商売をすれば、自分はアジアに行けるし、彼らの文化・技・手のぬくもりを伝えられる。

などと考えて始めたこの商売。
気が付けば、もう30年以上も経ってしまいました。

アフガニスタンで何かあると、「あのおっさんは大丈夫だろうか?」、タイで爆破事件が起きると、「あの場所は、タイに行くと何回も利用する船着場」とか、何時もアジアのことを意識しています。
昨今、ベリーダンス、ヨガなどに人気が出てきました。でも、アメリカ経由の流行という感じもします。まっすぐアジアに興味を持って、好きになってくれる人たちが増えると嬉しいです。

はるばる屋のホームページは、http://www.harubaruya.com/ です。
ネットショップでのお買い物は、こちらからお願いいたします。
BBSでは、アジア関係の催し物の書き込みもご覧いただけます。

よろしくお願いいたします。

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